貸し借り
三ちゃんは武家や農家の二男、三男(以下略)たちを集めた馬廻衆を編成している。
もちろんまだまだ史実の桶狭間に投入したような規模や練度ではないけれど、それでも普通の城主よりは自由に使える兵力は多くなっている。
そんな馬廻衆(仮)だけど、常時すべての人員が那古野城にいるわけではない。というわけで、招集をかけた馬廻衆が集まってくるまで軍評定(作戦会議)と相成った。
三ちゃんとしてはすでに那古野から繋がる街道が整備されている末森城まで移動し、勘十郎君(織田信勝)からも兵士を貸してもらいつつ、陸路で安祥城・岡崎城を目指すつもりらしい。
と、そんな計画に平手政秀さんが待ったを掛けた。
「殿。兵を引き連れて末森城に向かえば、謀反と取られかねないでしょう」
「で、あるか?」
「えぇ。しかも末森城を守っているのは家督を争う立場にある勘十郎殿です。攻め込んできたと勘違いされる可能性は高いかと。あるいは勘十郎殿は動かずとも、柴田勝家殿が突撃してくるやもしれません」
「う~む……。わざわざ末森城を避けるような道を選んでいては到着が遅くなろう。ただでさえ我らは出遅れているのだ。急がなくては決着がついてしまう」
まぁ、三ちゃんの不安は正しい。史実の小豆坂の戦いも(おそらく)一日で決着しているし。
「…………」
しばし悩んだ三ちゃんは、何かを決意したあと私に視線を向けてきた。
「帰蝶。あの船と九鬼水軍を貸してはくれぬか?」
どうやら船で知多半島をぐるっと回って三河湾あたりで上陸、小豆坂へと向かうつもりらしい。
「九鬼水軍は正確には織田家と協力関係にあるんだけど……まぁ私からも話を通しておきましょう。南蛮船のレンタル料――貸し出し賃は、台風接近の危険手当も含めてこれくらいになっております」
カシャカシャチーンと算盤をはじく私である。
『算盤からどうやったらそんな音が出るのですか?』
気にするな、私も気にしない。
「……ふっ、あれだけの船を使えるならば安いものよ。であれば、まずは南蛮船の泊めてある湊へと移動することになるか。いやその前に戦勝祈願だな」
もはや出世払いと開き直ったのか即断する三ちゃんであった。
◇
「叔父貴。ご武運を」
いつもの軽い調子で前田慶次郎が声を掛けると、犬千代(前田利家)はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「お前に心配されるまでもない」
「はははっ、でしょうなぁ。槍の又左の腕前、近くで見られないのが残念で仕方ありません」
「……姐御と一緒に那古野城を守るらしいな?」
「はい。拙者は姐御の家臣となりましたので」
「…………、……いいか? 姐御に迷惑は掛けるなよ? あまり無礼を重ねるようなら、その首、この儂が落としてくれよう」
「おぅ、おぅ、恐ろしいですなぁ。できるだけ自重するようにしましょうぞ」
「…………」
この男の『自重』ほど信頼できないものはないが、今ここで言い争っても意味はない。犬千代は厩へと行き、一頭の巨大な馬を引き連れて戻ってきた。
「おぉ、谷風! 相変わらず素晴らしい馬体ですなぁ。とうとう此奴も初陣ですか」
「……残念だが、連れてはいけぬ」
「と、いいますと?」
「此奴は気性が荒すぎてな。嵐の中、船などに乗せては暴れてしょうがないだろう」
「ははぁ、狭い船内で谷風が暴れては、戦の前に部隊が半壊しますか」
「と、いうわけでだ。――この谷風、お前に預ける」
「……はい?」
慶次郎らしくもないとぼけた声に、犬千代はしてやったりとばかりに口角を吊り上げた。
「あの姐御の家臣になるならば、この谷風を乗りこなせるほどの『漢』になってみせよ」
「……ははっ、それもそうですな。暴れ馬一頭乗りこなせぬようでは、あの姐御の家臣は務まりませぬか」
いつものように笑いながら。それでも瞳には真剣な光を宿し。前田慶次郎は犬千代から手綱をしかと受け取った。
「……貸すだけだからな? 戦が終わったら返せよ?」
「はっはっはっ」
「返せよ? か・え・せ・よ?」
「はっはっはっ」




