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【2巻 4/15 発売!】信長の嫁、はじめました ~ポンコツ魔女の戦国内政伝~【1,200万PV】【受賞&書籍化】  作者: 九條葉月
第8章 小豆坂の戦い

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閑話 ドレイクと


 ドレイクの生まれは、特に秀でていたわけではない。飢え死にはしない程度の農家の長男であり、将来的には農地を継ぐことを期待されていた。


 しかし、ドレイクとしては農家というものが性に合わなかった。種を植え、収穫できるのは数ヶ月先。しかも天気や病気次第で収入が大きく左右される。


 そんな農家よりは、すぐに結果が出る漁師の方がいいように思えた。


 最初は近所の年老いた漁師の元で小遣い稼ぎをしていたが、やがて見慣れぬ人種の男性の元に入り浸るようになった。


 なんでもその男は世界を一周したらしい。

 酒場での与太話だし、村の人間は誰一人として信じなかった。


 だが、その男の口から語られるおとぎ話のような冒険譚に、ドレイクはすっかり魅了されてしまった。


 男は語る。世界一周は偶然だったと。

 男は語る。名誉など、簡単に奪われると。


 船員たちに次々に襲いかかる病、飢え、悪天候……。とてもじゃないが憧れるようなものじゃなかったし、きっと男もドレイクの胸に宿った『夢』を打ち消すために厳しい話をしたのだろう。


 だが、ドレイクの『夢』は消えなかった。


 香料諸島への航路開拓を目指す男の船に密航し、アジアまでやって来てしまうほどに。ドレイクは『夢』の虜になっていた。


 まぁ、そんな子供の浅知恵による密航など早々にバレてしまうのだが。


 男――エンリケはドレイクを殺さなかった。ただでさえ食糧が不足しがちな長期航海で、力仕事も任せられない子供を養う余裕などないはずなのに。


 暇なときに、エンリケはよくドレイクを部屋に招き、色々な話をしてくれた。航海のこと。海戦のこと。かつての主の勇ましい最後など。


 それは長い航海における精神の安定――簡単に言えば暇つぶしに過ぎなかったのだが、学校にすら通えなかったドレイクにとっては貴重な時間だった。


 エンリケは語る。いくら名声を得ようが、生まれ持った自分の『(ぶん)』をわきまえなければならないと。


 信義には信義で応え、|恩を仇で返す《return evil for good》ようなことをしてはならないと。


 そうすれば、きっと神様はお前を見放さないと。


 その教えは、ずっとドレイクの心に残り続けることになる。







 エンリケは新たな航海に出る前、ドレイクを帰蝶に預けると言った。

 それは仕方のないことだ。そもそもドレイクは密航者だし、船に乗ったところで、子供である彼では碌な仕事ができないのだから。


 しかしエンリケは約束してくれた。

 ドレイクが大人になったら、一緒に世界を回ろうと。


 子供を宥めるための方便かもしれない。

 年齢からして、ドレイクが大人になる頃には、もうエンリケは世界一周などできないだろう。


 だが、ドレイクはその言葉に頷いた。

 早く大人になって、必ずエンリケを世界一周の旅に連れて行くと。

 そう、自分が、エンリケを連れて行くと。


 そのためには、何もかもが足りない。経験。船。資金。船員……。どれもこれもドレイクからは縁遠すぎるもので、どうすればいいのか見当すらつかなかった。


 そんなドレイクを、あの女は(いざな)った。


 何もない空中から取り出された地図は、世界のすべてが記されているという。


「はい、ここが欧州と、イングランドね。エンリケさんはかつてこっち周りで大西洋を渡り、太平洋を征き、アジアへと到達したの。ちなみに日本がここね」


「…………」


 生まれ故郷の、何と小さなことか。

 生まれ育った国の、何と小さなことか。


「将来的にはフィリピンは欲しいし、インドネシアも欲しいし、インド、中東へと勢力を拡大したいわよね。オーストラリアの資源は欲しいし、ハワイは必須。南米の鉱山も欲しいし、アメリカにも今のうちから橋頭堡を築いておきたいわ」


 次々に地図上の国を指差していく帰蝶。日の本やイングランドと同じくらいの大きさの国もあれば、数倍――いいや、数十倍はあろうかという国まである。


 何という大きさか。


 何という大きな『夢』であろうか。


「知識はある。時間もある。けれど、それ以外がまるで足りないのよね」


 帰蝶も足りないという。

 ドレイクの『夢』の実現に何もかもが足りないように。帰蝶の『夢』のためにも何もかもが足りないという。


「――私が、世界一周の出資者(sponsor)となりましょう。その代わり、私に協力してくれないかしら?」


 帰蝶が湊を指差す。

 その先にあるのは―― 一隻の、この国の人が南蛮船と呼ぶ船。


 いいや、はたしてあれは南蛮船なのだろうか?


 確かに和船と比べれば南蛮船の方が近いだろう。だが、船体の形も、大きさも、まるで違う。


 ――あの船ならば。きっと、世界一周にも耐えられるだろう。


 ドレイクの予想を読み取ったかのように帰蝶が笑う。にっこりと。


 それは慈悲深き神の微笑みか。あるいは、人を騙す悪魔の笑顔か。


「……帰蝶様は、」


 ドレイクは、問わずにはいられなかった。


「いったい、何をするつもりなのですか?」


 帰蝶の答えは、決まり切っている。



「――環太平洋連合帝国(パクス・オダーナ)!」



 織田による戦争。

 織田による平和(パクス・オダーナ)


 それを、太平洋すべてに広げるという。

 その触手は環太平洋に留まらず、インドや大西洋、いずれはヨーロッパ(Europe)へと至るだろう。



「時代を進めましょう! 人類をさらに強く! さらに遠くへ! いずれ来たる“運命”に負けないように!」



「…………」


 彼女には『夢』がある。


 ドレイクにも『夢』がある。


 夢の実現には、お互いの協力が必要なのだという。


 帰蝶はドレイクを信じた。

 信じて、『夢』を語ってくれた。


 ならば。

 ドレイクが、迷うはずがなかった。




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