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【2巻 4/15 発売!】信長の嫁、はじめました ~ポンコツ魔女の戦国内政伝~【1,200万PV】【受賞&書籍化】  作者: 九條葉月
第8章 小豆坂の戦い

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閑話 男の決意



 ――恨めしかった。



 苦しかった。

 抵抗すらできなかった。


 縄で縛られたまま海に落とされ、どんなに藻掻いても沈み行く身体を止めることはできなかった。


 俺を突き落とした男は、経を唱えながら嘲るような目で俺を見下していた。


 下間のガキは興味なさそうに目を逸らした。


 そして、あいつ(・・・)は、――申し訳なさそうな目でこちらを見つめていた。


 ふざけるな。

 中途半端な同情が何になる?

 お前の立場なら止められるだろう?

 なのに、止めないのがお前だ。


 お前も同罪だ。


 いいや、お前こそが最も罪深い。



 ――呪ってやる。



 たとえ怨霊になろうとも。たとえ天魔に身をやつそうと。必ずや。かならずや貴様らに復讐してやる。思い知らせてやる。



 ――我が恨み、忘るるな。



 身体が沈む。


 光が遠のく。


 息が苦しい。


 飲み込んだ海水が喉を容赦なく痛み付ける。


 意識が遠のく。


 死ぬ。


 死ぬ。


 死ぬ。



 ――殺す。



 この苦しみを、あいつらにも。


 あいつにも。


 必ず、味わわせてやる。



 ……………。



 そうして俺の意識は遠のいていき。


 気づいたとき。俺は――俺たちは、海の上にいた。


 いくつもの船が行き交う。

 だが、その船を止めることもできない。

 動くこともできない。

 声すら出せない。

 他の二人も、同じく殺された二人も、動けないようだった。


 なんだ、これは?


 大坂が目視できる場所にいながら。大坂へ向かう船がこんなにも近くを行き交っているのに。俺たちは、見ていることしかできないのか?


 大坂が見える。

 寺が見える。


 ――本願寺だ。


 大坂本願寺だ。


 憎き相手はあそこにいるというのに。俺は動くことすらできず、声を発することすら叶わない。


 ずっとこのままなのか?

 恨むことしかできないのか?

 怨念を飛ばすことしかできないのか?


 ――いずれ、それすらできなくなったら。


 この恨みを晴らせぬまま、消え去るしかないのなら。


 あぁ。


 ここはなんて地獄だろう。


 なんという地獄だろう。


 怨敵の住まう場所は目視できているのに。どうやってもこの場から動くことができない。


 これが罪だというのか?

 俺の犯した罪の、償いだというのか?


 あいつらはのうのうと生きているのに。

 大坂本願寺は今もなお信者を騙して金をせしめているというのに。


 俺は、俺たちは、ずっとこのままなのか……?


 ――誰か。


 誰か、助けて欲しい。


 ここから動かして欲しい。

 恨みを晴らす機会を与えて欲しい。

 何でもするから。

 お願いだから。



 誰か――




「――『力』には、代償が必要です」




 鈴を鳴らしたような。どこまでも響いていきそうな、声。



「――君が望むのなら、与えよう。ただし、試練を乗り越えてもらうけどね」



 軽快でありながらも、なぜだか神秘性を感じさせる、声。


 海の上に、人がいた。


 いいや、海の上に立つことができる存在を、『人』と呼んでいいのだろうか?


 縄が解ける。

 死したあともなお俺たちを捕らえ続けていた縄が。


「あなたの恨みが本物であれば、」


 銀色の髪をした女が笑う。


「きっと試練も乗り越えられるでしょう」


 金色の髪をした女が笑う。


 銀の女には見覚えがあった。火起請を不思議な術で邪魔した、あの女。捕らえられたあとは見張りから散々話を聞かされた。いわく、薬師如来の化身。いわく、奇跡としか思えない術を使う女。


 人でなくなった今なら、分かる。

 目の前の存在は、人ではない。天魔などという生易しいものではない。あれは、きっと……ほんとうに、薬師如来の化身に違いない。


 ならば。

 そんな女の隣にいる存在は。人ではあり得ぬ金の髪と金の瞳を持つ女は。背中から純白の羽根を生やした女は……きっと、薬師如来そのもの(・・・・・・・・)に違いない。


 薬師如来と、その化身。


 二人の間に、何かが浮かんでいる。光り輝く、赤い、何か。


 見たことなど無いはずなのに。男には、それが高熱で溶けた鉄――『熱鉄』であると分かった。分かってしまった。


「神通力を得るには、試練を乗り越えなければなりません」


「試練を乗り越えれば、『力』を与えましょう」


 どんな試練なのか。

 どんな力を得られるのか。


 一切の説明もなく差し出された熱鉄。

 落ちることなく空中に留まっている熱鉄。


 飲めということなのだろう。


 それが試練なのだろう。


 溶けた鉄を飲めばどうなるのか?


 口の中は焼け、喉も焼け、臓腑すらも焼けただれるだろう。


 人であれば死んで終わりだ。


 だが、幽霊であればどうだろう?


 死ぬこともできず、溶けた鉄は体内を焼き続け、それでもなお意識すら失えないとしたら?


 まさしく、地獄だ。


 動けないことなど、声を出せないことなどそれに比べればなんと生やさしいことか。


 このまま恨みを忘れ、何もせず、考えるのを止めてしまえばいずれ意識も消えるだろう。消えることができると分かる(・・・)


 死ぬときですら苦しかったのだ。

 これ以上、苦しみを受けることはない。

 このまま恨みを忘れ、何も考えず、時が過ぎ去るのを待てば……少なくとも、苦しむことはないはずだ。痛みに悶えることはないはずだ。


 ――だが。


 男は、迷わなかった。


 自由になった腕を伸ばし、熱鉄をすくい上げる。手の皮膚が焼き爛れ、肉の焼けるニオイが鼻腔をつき、骨すら見えてしまうが……かまうものか。


 男はそのまま、躊躇うことなく、熱鉄を飲み干した。




「――ならば『力』を与えましょう」


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