治療
「――あの人、ねぇねを利用しようとしてる」
雇用前の腕試しが終わったあと。とてとてと近づいてきた孫一君がそう口にした。
ちなみに腕試しの結果は問題なし。三人とも雇用決定である。
あの人、というのは鶴ちゃん(20代前半)のことよね?
「利用というか、あわよくばって感じよねー」
孫一君の頭を撫でると『子供扱いしないで』とばかりに頬を膨らませてしまった。メッチャ可愛い。帰蝶ちゃんのハートに1,000,000億ダメージである。
≪その数字に意味はあるのか?≫
『ないですね。この人、心臓に毛が生えていますので』
久しぶりに聞いたわ心臓に毛が生えているって表現。じゃなくて、毛が生えてるってどんな生物やねん。
『生物……?』
そこに疑問を持つのはやめていただきたい。心臓くらい動いてるわ。ちょっと止まったくらいじゃ死なないだけで。
まぁプリちゃんとはあとで決着を付けるとして。今の問題は鶴ちゃんか。
「ま、別にいいんじゃないの? 裏切るとか利用するって感じじゃないし。というか顔にヤケドを負った夫を見捨てない姿に感動したわ! あれこそが愛よね愛!」
「……あまり気軽に『視』すぎるのもどうかと思う」
孫一君から苦言を呈されてしまった。視ないより視たほうがいいじゃない。解せぬ。
というか孫一君だって天然でプリちゃん(人工妖精)が視えるのだから、ちょっと鍛えれば視えるようになるかもよ?
「いい。疲れそう」
バッサリとした返答だった。くっ、鑑定眼を教えながら弟とイチャイチャする作戦は失敗である。残念無念。
『ショタコン』
恋愛感情は皆無なのでセーフです。姉弟愛なのでセーーーーフです。じゃなくて、誰がショタコンやねん誰が。
≪実年齢から考えれば、普通の人類は『しょた』になるのではないか?≫
それを言っちゃあお終いよ。
◇
さて。夫婦の愛に感動した私はさっそく鶴ちゃんの夫を治してあげることにした。中郷に移動して、鶴さんの住んでいるという一軒家へ。もちろん瓦など無い板葺きの家だ。
「これはこれは、帰蝶様のご高名はかねがね……。拙者、鶴の夫である安成で御座います。このような見苦しい姿での出迎えになったこと、平にご容赦くだされ」
ヤケドの影響か少しぎこちなく頭を下げてきたのは鶴さんより少し年下っぽい男性だった。二十歳くらいかしら?
元々はイケメンというか精悍な顔つきをしていそうなのだけど、その顔の半分ほどは酷く焼けただれていた。戦国時代の医療水準でよくぞ生き延びられたものである。鶴さんの献身的な介護が察せられるわね。
私は悲恋とかバッドエンドとかメリバなんてものは大嫌いなので、さっさと治してあげましょうか。
とは言っても、回復魔法で治しきるのは難しい。回復魔法って患部の時間を巻き戻すものだからね。あまり時間が経ってしまうとそれだけ逆行する時間が多くなり、膨大な魔力が必要となってしまうのだ。
まぁ回復魔法でも私なら何とかできるけど、ポーションがあるのだからポーションを使ってしまいましょう。
ふっふっふっ、夫婦愛を見せてもらったから奮発しちゃいましょう。
じゃじゃーん! と私が取り出したのはハイ・ポーション。元となるナノマシンは普通のポーションと一緒だけど、なんかこう、凄いポーションなのだ!
『説明がざっくり過ぎる……』
プリちゃんの説明を聞き流しつつ、ハイ・ポーションを夫・安成さんにぶっかけて――
――あ、手が滑った。
つるっと手から落ちるポーション。狙い澄ましたように安成さんの頭の上に落ちるポーション。凄い音がする安成さんの頭。
うん、ポーションの入っている瓶ってガラスではあるんだけど簡単には割れないよう強化魔法が掛かっているからね……。脳天直撃したらきっと痛いに違いないきっと。
「~~っ!? ~~っ!?」
頭を抱えて悶絶する安成さんだった。落ちたときの衝撃でうまいこと瓶の蓋が取れたのか、ヤケドの傷はどんどんと治っていく。
…………。
………………。
……………………。
……よし! 終わり良ければすべて良しね!
『落ち着きがないからそうやって物を落とすんですよ?』
小学生に言い聞かせるようなプリちゃんの口調だった。解せぬ……いえ、反省しております。




