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第8章 プロローグ 海道一の弓取り


 駿河・遠江を治める戦国大名である今川義元は、美濃へと派遣した忍びからの報告を受けていた。


 この忍びは義元が当主になる前から味方についてくれた古株であり、義元は彼の手腕と忠誠心に絶大な信頼を寄せている。


「……斎藤帰蝶の『真法(まほう)』とやら、そこまでのものか?」


「はっ、使い手の熟練度によって効果は異なるようですが、長ずればいかなる病も、致命傷も、たちどころに癒やしてみせるようでした」


「ふぅむ……。興味深いな。おぬしはその、回復真法とやらを習えたのか?」


「いえ、残念ながら拙者には才能が無いようでした。あの術は個人の生まれ持った資質に大きく左右されるようでして」


「その才能とやらはおぬしでも見抜けるか?」


「いえ、拙者では……」


「真法の使い手を我が国に招聘することは可能か? 帰蝶本人は無理だとしても……」


 義元はどこか興味深そうに問いかけて――


「――殿。わざわざ怪しい物知り(陰陽師)を招く必要も無いでしょう」


 義元のすぐ近くに控えていた僧形の老人がそう苦言を呈した。


御師様(おしさん)。物知りと決めつけることもないでしょう。この男がそんな幻術に騙されるとでも?」


 楽しげに笑いながら軽い調子で『御師様』に口答えする義元。そんな、どこか悪童じみた態度を取る義元に対し、御師様と呼ばれた老人はため息をついただけで答えとする。


 主従関係に縛られない二人の関係性に戸惑いつつ、忍びの男は義元からの問いに答えることにする。


「交渉することは可能ですが、難しいでしょう。彼らは斎藤帰蝶という人物に絶対の忠誠を誓っております故」


「ほぅ? 銭を積んでもか? 地位を用意してもか?」


「銭も、地位も、この件に関しては無意味でしょう。斎藤帰蝶に命じられたならともかく、自らの意志で美濃を離れる者など……おそらくはいないでしょう」


「そうまで断言させるとは見事な忠誠よな。斎藤帰蝶、そこまでの人物か……。くくくっ、息子の嫁に欲しいくらいだな」


 本気かどうか分からない義元の発言。


 それは『本題』に入れという意味であると忍びの男は解釈した。


「斎藤帰蝶の婚約でありますが、織田信長の他、土岐氏、斯波氏、浅井に武田と噂が錯綜しておりました」


「美濃のマムシであるからな。あえて噂を増やして混乱させることくらいはするか。おぬしはどう見た?」


「はっ、浅井や武田などというあり得ぬ家は抜くとしまして。美濃守護である土岐氏に嫁がせるなら、わざわざ誤魔化す必要も無いでしょう。むしろ大々的に喧伝するはず。となれば、敵である尾張の斯波氏か織田弾正忠家ということになりますが……」


「あのマムシが、形だけの守護家に娘を嫁がせるはずがない。となると、弾正忠(信秀)か。あの虎め、いかにしてマムシに取り入ったのやら……」


 義元が呆れたように片肘を突き、


「我らにとっては悪い知らせですな。背後の北条家とは険悪な仲。武田の若造は信頼できるか未知数。ここにきて織田弾正忠が後顧の憂いを無くして三河に攻め込んでくるとなれば……」


 御師様と呼ばれた老人は憂鬱そうに目を閉じた。


 北条家とは一応和睦した形となるが、河東をめぐって緊張状態にある。武田家とは友好的な関係を築いていると言えるが、あの男、はたしてどこまで信頼できるものか……。


「……先手必勝。ここは三河に出兵するか」


「殿。思いつきで兵を動かしてはならぬと何度も申しておるでしょう?」


「だが、岡崎城の松平広忠が織田信秀と通じておるのは確実。どちらにせよ広忠は誅さねばなるまい? ここは尾張と美濃の同盟がまとまる前に三河を獲るしかないと思うが?」


「……たしかに。ここで信秀に勝てれば道三も同盟を見直す可能性がありますが」


「だろう? しかも、信秀は病気がちで往年の『鋭さ』はなくなったと聞く。そして、前線を任されているのはあの凡骨(信長庶兄・織田信広)だ。北条の目が関東に向かい、武田は信濃に注力している今、儂らは三河を獲らなければなるまい」


「……ご慧眼、感服いたしました」


 御師様が頭を下げたことにより、今川家の、三河出兵は決定された。


 同時に、御師様の頭の中に一つの可能性が浮かび上がる。

 今川、武田、北条。本来ならいがみ合うべき隣国が、奇跡的に別の方向に意識を向けている。これを上手くまとめ上げることができれば……。


 駿甲相。


 三国が同盟を結ぶことも、不可能ではないだろう。



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― 新着の感想 ―
[一言] >だろう? しかも、信秀は病気がち(治った)で往年の『鋭さ』はなくなった(が破城槌の破壊力)と聞く。 ダメだ、今川家最大の危機しか見えねえ
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