ダンジョンと、妖精さん
「――で? 叔父貴。これはどういうことなんです?」
「わしが知るか。どうせ姐御(帰蝶)の気まぐれだろうよ」
慶次郎相手ゆえに『拙者』ではなく『わし』という一人称を使う犬千代であった。
「さて、どちらに進むべきか、だが……。右と左か。どちらも先は見通せぬな」
頭を悩ます犬千代。それに対して慶次郎は指先を唾で濡らし、軽く掲げた。
「……こちらから風が吹いておりますな。外に繋がっている可能性が高いでしょう」
犬千代に確認するでもなく歩き始める慶次郎。
この男が他を顧みない行動するのはいつものことなので今さら犬千代も注意したりはしない。
ただ、気になったことは問わなければならないが。
「ずいぶんと手慣れておるな?」
「手慣れているわけではありませぬが、里の古老からそんな話を聞いたことがあるのです。このような場所で風が吹くのは外から吹き込んでいる可能性が高いと」
「……う~む」
それにしても落ち着きすぎだろうと犬千代は感心しつつも呆れてしまう。
帰蝶のトンデモに何度か巻き込まれたことがある犬千代ならまだしも、慶次郎は今日が初対面、初巻き込まれであるはずだ。だというのにいつもの飄々とした調子を崩さない慶次郎は――
――頼りになる。
そんな考えが浮かんできた犬千代は慌てて首を横に振った。
と、不意に何かをこすり合わせるような音が響いてきた。槍を構えつつ犬千代が洞窟の先へと視線を向ける。
ギリギリ見通せるほどの距離。その先に……骨がいた。
間違いなく人骨であろう。
だが、肉もないのに立ち上がり、カシャカシャと歩いているものは『人骨』と呼んでいいのだろうか?
「ははぁ、拙者の見間違いでなければ骨ですな。しかしただの骨が動くはずもなし。叔父貴、アレは何です?」
「わしが知るか。姐御に聞け、姐御に」
「本人がいるなら真っ先に尋ねるんですがねぇ」
そんなやり取りをしているうちに動く骨はどんどんと慶次郎たちに近づいてくる。
性別はよく分からない。
まぁ、たとえ女であったとしても、骨を口説く趣味はないから別にいいのだが。
右手に握っているのは日の本のものではない片手剣。左腕の丸い盾と相まって、どことなく南蛮の雰囲気を漂わせている。
「……………」
妖魔の類いか。幻術か。あるいはまったく別の何かか。
慶次郎にとって、もはやそれはどうでもいいこととなった。
動く骨から明確な敵意を感じ取ったが故に。
正体が何であろうが、敵であるならば容赦はしない。それが戦国の世を生きる者の共通認識であった。
骸骨が歯をカチカチと鳴らしながら右腕の剣を振りかぶる。
その動作が終わる頃にはもう、慶次郎の槍の横薙ぎによって右腕は頭蓋骨ごと粉砕されていた。
「う~む、死者を冒涜するようであまり気分のいいものではありませぬな」
「迷い出たのなら引導を渡してやるのも武士の情けだろうよ」
「はははっ、違いありませぬな」
呵呵と笑いながら慶次郎は恐れることなく洞窟を進んでいった。
◇
その後も何体か骸骨と遭遇し、他にも狼によく似た動物や、鷹のような鳥にも遭遇した。
どちらもそれなりの大きさがあったので普通の人間なら死を覚悟するところであったが……幸いなことに慶次郎と犬千代にケガはないし、疲労もそれほどではない。
むしろ、敵を倒せば倒すほど身体が軽くなり、疲労も軽減していくような気さえする。
「う~む、風は吹いていますが、出口は見えませぬなぁ。これは長期戦を覚悟せねばなりませぬか」
「慶次郎は何か持ってきているか?」
「今日はすぐに帰るつもりでしたからな。城でもらった握り飯と、あとは水筒(竹筒)くらいしかありませぬ」
「わしは握り飯などすぐに食ってしまったな。他には水筒と、信長様の好きな木の実、それと――阿伽陀(ポーション)もあるな」
「ほぅ、それが噂に聞く阿伽陀でありますか。本当にケガや病気が一瞬で治るので?」
「あぁ。信じられぬかもしれぬが、効果は本物だ。どのような重篤な者とてこれを使えばたちどころに治ってしまう」
「信じる、信じないかで言えば信じるしかないでしょう。このような『異境』に一瞬で放り込めるような女性がもたらした薬なのですから」
苦笑しながら慶次郎は自分の握り飯を半分に分け、片方を犬千代に渡そうとする。
「……施しは受けん」
「まぁ、そう言わずに。腹が減っては良い戦はできませぬ。それに、一人で戦うより二人で戦った方が生き延びる確率は上がるでしょう。ここは叔父貴にも腹を満たして戦ってもらわなければ」
「……ふん、よく口が回るものだな」
奪うような勢いで犬千代は握り飯を受け取り、しっかりと平らげた。
◇
(しかし……)
慶次郎は違和感を覚えずにはいられなかった。
奇襲を受けようがない、真っ直ぐな道。
敵の動きを認識するのに十分な光量。
洞窟の広さもちょうどいい。槍を振るうには十分でありながらも、先ほど遭遇した狼に似た獣が駆けるには狭すぎるし、鷹のような鳥が上空から襲撃することもできない。
そして、なにより。敵はご丁寧にも一体ずつしか現れないのだ。
なんとも……人間にとって都合がいい洞窟ではないか。
『――ほっほーう?』
突如として響いてきた声に、慶次郎と犬千代が槍を構えて警戒する。
二人はまだ年若いが、それでもひとかどの武将だ。相手の気配を察することもできるし、敵意であればなおのこと。特に、『戦場』であるこの洞窟では警戒心が最大まで引き上げられている。
だが、だというのに、慶次郎も犬千代もそれの存在に今の今まで気がつかなかった。おそらく、声が上げられなかったら今でも気づけぬままだっただろう。
『そこまで思い至るとは、やりますなー』
『さすがは前田慶次ですなー』
『妖精様が、褒めてしんぜようー』
なんとも間延びした口調でやり取りをしているのは――なんとも不思議なモノであった。
大きさは6寸(約23センチ)くらいだろうか?
人の形をしているが、極限まで簡略化されている。戦国時代にはない表現だが、『お人形さんのような』、あるいは、『ゆるキャラのような』外見をしている。
それが三体。ふよふよと宙に浮いている。
美の基準が異なる戦国時代においても、それらを見た人間の大部分は『可愛らしい』と認識するだろう。
しかし、慶次郎と犬千代は違った。
それらの見た目に惑わされることなく、油断せずに槍の穂先を向けている。
――おそらくは。
いざ戦いともなれば、勝ち目など無い。そう感じさせる『何か』が目の前の存在からは漂っていた。
「……失礼だが、そなたたちは何者か?」
『ほんと失礼だねー』
『人に尋ねるときはまず自分から名乗れー』
『まーこっちはもう知ってるから別にいいんだけどー』
『それにー、問われたからには答えようー』
『ボクたちはー』
『私たちはー』
『――本物の妖精さんだよー』
『天然100%、紛いものじゃない、本物の妖精さんだよー』
『恐れ崇めよー』
『頭を垂れよー』
『膝を突くがいいー』
『まー、ほんとにやられたら、それはそれでドン引きだけどねー』
くすくす。くすくすと。
何が楽しいのか妖精を名乗る存在たちは笑いながら宙を漂っていた。
ちなみに。
天然だとか本物だとか口にする妖精たちではあるが。そもそも犬千代と慶次郎には人工妖精であるプリちゃんは見えないので、まったく意味の無い自己紹介であった。




