塩屋さん
展覧会で塩おにぎりを配布しよう。
お米は品種改良の時に出た在庫があるし、足りなければ育てればいいので、問題は塩である。
美濃に海はないとはいえ、中々発展しているので市場には十分な塩がある。
でも、私が展覧会用に買い占めちゃうと価格が急騰しちゃうからね。ここは直接商人から買い付けた方がいいでしょう。
というわけで、困ったときの生駒家宗さんに相談したところ、ちょうど美濃までやって来ていたという塩商人を紹介してくれた。商人の間にも得意分野はあるらしい。
紹介されたのはまだ年若い男性。
飛騨の大野郡あたりを拠点にしている商人であり、城を保有して戦国武将的なこともやっているらしい。
名前を、塩屋秋貞さん。
……いや、塩を扱う商人の名字が、塩屋って。そのまんまか。ネーミングセンスを海に置いてきたのか。
『日本の名字って割とそんな感じじゃないですか?』
そんなフィーリングで名字を決めているような物言い、やめていただきたい。反論できないので。
プリちゃんに突っ込んでいると塩屋さんが畏まりつつ頭を下げてきた。
「帰蝶様は大量の塩を買い付けてくださるとか」
「えぇ。塩おにぎりにして民に配布しようと思いまして」
サンプルとして塩おにぎりを差し出す私である。
この時代にもおにぎりくらいはあると思うけど、白米を存分に使ったものは珍しかったらしい。
「なんと、握り飯にこれほどの白米を使うとは……。美濃の豊かさは聞き及んでおりましたが、これほどとは……」
しっかりとおにぎりを完食したあと、再び頭を下げてくる塩屋さん。今度はもう床に額を押しつけている。
「帰蝶様。実を申しますと、昨年の白山の噴火によって飛騨では作物が育ちにくい状態でして……」
『史実においては去年――1547年に白山が噴火。飛騨、特に白川郷では作物が枯渇したといいます。記録こそ残っていませんが、塩屋さんの領地もすぐ近くですし、きっと同じような状況でしょう』
災害史にも詳しいのか。凄いなプリちゃん。
ふ~ん、白川郷が領地の近くにあるのか……。白川郷と言えば火薬の原料である硝石の一大生産地。しかもあの辺は鉛や銅、銀までも取れるから軍事的には絶対外せないところ。白川郷周辺がそんな重要な場所であると日本人なら誰でも知っているわよね。
『よほどの軍オタか歴史オタじゃないと知らないと思いますが』
解せぬ。
解せぬっていると塩屋さんが恐る恐るといった様子で提案してきた。
「塩はいくらでもお売りいたしましょう。その代わりと言っては何ですが、銭の代わりに米をお分け頂ければと……」
戦国時代ってそこら中で飢饉が起こっているものね。銭があっても米が買えないなんて事態もあるのかもしれない。領民すべてに行き渡る量なんて考えれば尚更か。
「なるほど、そういうことでしたら協力いたしましょう」
「おぉ! 何と慈悲深い! 薬師如来の化身との噂は真でありましたか!」
その噂はどこまで広まっとんねーん。
『公認されたのですから、噂ではなくただの事実なのでは?』
解せぬ。
≪なんなら薬師如来が僧侶の枕元に立ち、化身の誕生を伝えてもいいしな。日の本中にあっという間に広まろう≫
そこまでするんならもう直接仏罰を落としなさいよ本願寺に。解せぬ。
今度、薬師如来とじっくり話し合いをしなければ。
それはまぁあとでいいとして。今重要なのは塩屋さんと飛騨の人たちだ。
「噴火ということは、火山灰が畑に降り積もっちゃったんですよね? そうなると簡単には農地も復活しないでしょうし、食いあぶれた人がいるなら美濃で受け入れますよ?」
「う、受け入れるとは……?」
「新たに農地を開発するので、そこで耕作をしてもらおうかと。あぁ、大丈夫ですよ。別に奴隷って訳じゃないですし。税も五公五民――いえ、四公六民でいいでしょう」
つまりは税率50%のところを40%でいいですよと。もちろんその分こちらの取り分が減るけれど、時代を先取りした農法を導入すればそれでも十分な税収になるでしょう。
戦国時代的には領民の流出=税収の減少なので絶対に避けたいことであるはず。
しかし――
「た、民のことをそこまで考えてくださるとはっ!」
号泣しながら三度頭を下げる塩屋さんだった。ちょろいぜ――じゃなくて、どうやら本気で私が『薬師如来の化身』だと信じてしまったらしい。
『……そういうところです』
こういうところらしい。




