安宅船で
う~む、もっと(安宅船に)大穴が空くかと思ったけど、意外と軽傷ね。やはり船体強化しただけじゃ破壊力が足りなかったか。質量の差は覆せなかったか。
『……なぜぶち抜こうとしているんですか?』
むこうから向かってきたのだから、喧嘩売ってきたのと同じじゃない?
『脳筋……』
≪そもそも、あっちからすれば『小回りのきく方が避けないのが悪い』のではないか?≫
解せぬ。
まぁしかし正面衝突したのは事実。つまりは事故。つまりは示談交渉からの慰謝料請求である。
『戦国時代に当たり屋をやらないでください』
当たってきたのはむこうです。
プリちゃんにツッコミ返しをしつつ、軽い足取りで安宅船へと乗り込む私。もちろん三ちゃんたちはここまで身軽じゃないのでお留守番だ。
「なんだ!? 何が起こった!?」
「何かぶつかったみてぇです!」
「座礁か!?」
「船首から水が!」
「早く穴をふさげ!」
甲板の上は突然の衝突で大わらわだった。やはりこちらの船は見えてなかったらしい。
と、甲板上の小さな小屋というか櫓から指示を出していた男性が私に気がついた。ビクッと身をこわばらせてから、刀を引き抜いて切っ先をこちらに向ける。
「何だてめぇは!? 船幽霊か!? 妖魔の類いか!?」
船頭らしい男性の発言に船員たちの視線がこちらに集まる。
……なんだか、若い男性ばかりね? いや力仕事なんだから当たり前なんだけど、それにしたって若いというか少年・青年という年齢ばかりというか……。
いくら乱暴な口調で怒鳴ったところで、少年。百戦錬磨の私の敵ではない。
「あら、ご挨拶ね? こっちは危うく死ぬところだったのに」
「死ぬところ、だと?」
「えぇ。私たちの乗ってきた船に衝突したでしょう? こっちは小舟なんだから、危うく沈没するところよ」
「……こんな夜中に、小舟で海に出たってのか? まだ妖怪や船幽霊の方が信じられるぜ?」
「しょうがないじゃない。夜じゃないと目立っちゃうのだから」
「目立つ……。おいおい、そんな派手な身なりをしているくせに、悪党やっているのかよ」
「悪党じゃないわよ。ちょっと見学しようとしただけで」
「こんな真夜中に、海に出てまで何を見るっていうんだよ?」
「佐治さんって安宅船持っているのでしょう? だから根拠地に忍び込んで見学しようとね。まぁ思わず安宅船に出会えちゃったから、目的は半分くらい達成できたんだけど」
「……見学って。女子供が船を見てどうするってんだよ?」
「分かってないわねぇ。――大っきい船はカッコイイ! カッコイイものを見たいという気持ちに男も女もないのよ!」
堂々たる私の宣言に、船頭らしき男性は目を丸くした。
「…………、……はははっ! そうかそうか! ならしょうがねぇよな!」
存分に大笑いしてから男性は刀を鞘に収めた。続けて近くにいた船員たちに声を掛ける。
「おい、おめぇら! どうやら客人らしい! 丁寧にもてなしてやれ! ……まずはぶつかったという船をどうにかしねぇとな」
「か、頭ぁ、こんなどう見ても怪しいヤツを……」
「怪しいが、図太さが気に入った。それに、ここで押し問答している暇はねぇ。そうだろう?」
「そりゃあ、さっさと逃げなきゃならねぇっすけど……」
逃げる?
安宅船が? この時代最高の防御力を誇る船が?
なんだか雲行きが怪しいような。
私が少しばかり目を細めていると、船頭らしき男性――青年がにやりと黄色い歯を見せた。
「俺は九鬼浄隆。お前さんの名前は?」
「……斎藤帰蝶。美濃の斎藤道三の娘よ」
「…………、あぁ、山姥だとか薬師如来の化身だとかいわれている女か」
なぜか胡散臭いものを見るような目を向けられてしまった。解せぬ。




