柴田勝家、恨まれる
出産後はそのまま宴会となり。
お義母様と赤ちゃんは元気そうだけど、念のために何日か待機するかなぁ一応父様に連絡しておくかなぁと考えていると、
「帰蝶様。実は、折り入ってご相談が……」
人の良さそうな笑顔で近づいてきたのは佐久間信盛さん。後の織田家筆頭家老になる人だ。まぁまだこの時点だと二十代だけど。
そんな信盛さん、柴田勝家さんの腕を引いていた。勝家さんも戸惑っているので、何で連れてこられたのか聞かされてないらしい。
「はい、何でしょうか?」
「実は、この権六――いえ、柴田勝家なのですが、妻が妊娠しておりまして。それはめでたいことなのですが、どうにも体調が優れないらしく……」
「私に診断して欲しいと?」
「はっ、拙者からも伏してお願い申し上げたく」
『柴田勝家の妻ですと信長の妹・お市の方が有名ですね。しかしお市の方はまだ一歳くらいなので除外するとして……。その前に柴田勝家が結婚していたかどうかは資料がないので不明ですが、結婚していたとして、子供はいないので早いうちに死に別れた可能性はありますね』
ふぅん。
私が勝家さんに視線を向けると、勝家さんは額に汗を掻いていた。ダラダラと。
「いや、このようなおめでたい席で、身内の病を口にするなど……。しかも、若様の奥方になられる帰蝶様にご足労願うなど恐れ多く……」
う~ん、何という謙虚さ。私って『どうせなんとかできるんでしょ?』と無茶振りされることが多いので新鮮だ。ここはおねーさんが協力してあげようじゃないですか!
『おねーさんって』
≪年上という意味では間違ってはおらんが、正確を期するならババア――≫
よろしいならば戦争だ。
玉龍との世界最終戦争を決意しつつ、明日柴田勝家さんの家に向かうことで話はまとまった。
◇
勝家さんの屋敷は末森城の城下町、いわゆる武家地の中にあった。のちに十ちゃん(信勝君)の家老になるほど出世するはずだけど、今はそうでもないのか小さめのお屋敷だ。
今日やってきたのは私と三ちゃん、十ちゃんと佐久間信盛さんだ。
恐縮することしきりな勝家さんに案内されて門を潜ろうとして―― 一歩。踏み出した私は思わず立ち止まってしまった。
私のあとについて歩いていた三ちゃんが背中に衝突する。
「な、なんだ帰蝶? 急に立ち止まってどうしたのだ?」
「いや、ちょっとねぇ……」
その場にしゃがみ込み、土魔法を使って地面を掘る私。
土の中に埋められていたのは、人の拳ほどしかない小さな瓶だった。
「な、なんだそれは?」
興味本位で伸ばされた三ちゃんの手を『ぱしん』と叩く。
「触らない方がいいわよ? これ、呪物だから」
「じゅ、じゅぶつ?」
「本来の意味だと神聖な力を持つ物なのだけど、ここでは呪われた品物という意味で理解してもらって構わないわ」
「…………」
とりあえず、危険が危ないので呪物とこの家との“縁”を切っておく。スパーンと。
「しっかしまぁ稚拙な術だこと。研究者としての血が騒ぐわね。ここはもうちょっとこうやって――、こうすればもっと威力も上がって――、いやもういっそのこと設置したら即死するくらいの勢いで――」
「やめんか」
呪物を弄っていたら三ちゃんに頭を叩かれてしまった。ふっ、イチャイチャしてしまったぜ。
「それはともかく。勝家さん。恨まれる心当たりはありますか?」
「む、恨まれる、ですか……。う~む……?」
首をひねる勝家さんだった。相手を呪うくらい恨んでいるなら本人も何かしら感じ取っていても不思議じゃないんだけど……。
「帰蝶様。この男は良くも悪くも真っ直ぐな男でしてな」
と、信盛さんが話しに入ってきた。
「この権六は戦場での活躍は華々しく、近々勘十郎様(織田信勝)の家老になると噂される、若手の中の出世頭ですから……なにかと嫉妬されることも多いのです。本人は気づいていませんが」
遠回りに『鈍いねんコイツ』と言うのは止めてあげなさい。
ま、勝家さんの鈍さはとりあえず置いておくとして。
男の嫉妬というのは醜いわね。しかも本人じゃなくて奥さんとお腹の中の子を狙うというのが気にくわないわ。
というわけで。
ちょちょいと指で印を結び、さくっと呪詛返しをしてあげる私であった。因果応報。悪因悪果。人を呪わば穴二つ。にわか知識とはいえ、こっちの世界に足を踏み入れた人間に容赦する必要はないものね。
まぁこんな稚拙な術式なら呪詛返しを喰らっても死にはしないでしょうし、存分に反省してもらいましょう。
と、私がスッキリしていると。
『反省と言いますが……、この呪物、主様が無意味に強化したばかりなのでは?』
……あ。
≪ただでさえ即死級の術になった上に、呪詛返しで威力増大か……。術者、全身の穴という穴から血を吹き出して死ぬのではないか?≫
やべ。
…………。
「……三ちゃん。十ちゃん。古来より、人を呪わば穴二つ掘れという言葉があってね? 人を恨んでも良いことなんてないのだから、ほどほどのところで妥協しなきゃダメなのよ?」
と、若人に教えを授けることで自分の失敗から目を逸らす私であった。二人から冷たい目を向けられたのは気のせいだと信じたい。