第6章 プロローグ 師匠出奔
この世界において、『神』とは複数存在する。
そのすべてが金髪金目、背中から白い羽根を生やしているという特徴を有しているが……それぞれに個性はあるし、偉さも違う。
そんな神々の中。
とある大陸のとある最大国家にて建国神と崇められ、創造神に匹敵する信仰を集めているのは……神の中でも最も『若い個体』であった。
なんということはない。
若いからこそ『神』としての自覚が足りず、神としての自重をせずに人間たちの味方をし続けた結果、広く信仰されるようになってしまったのだ。
そんな建国神――スクナと呼ばれる金髪金目の美少女はう~んう~んと頭を悩ませていた。もちろん神なので見た目通りの年齢ではないが、それでもその見た目は少女と呼ぶのが相応しい。
頭を悩ませているのは、彼女自身が建国した、とある大陸の最大国家について。
本来であればその国はもっと前に分裂し、独立した国々が切磋琢磨し人間の思考や文化、技術などの多様化を促進させ……人類の進歩を加速させる『予定』だったのだが……。とある少女(数百歳)のお節介によって、予定以上に延命されてしまったのだ。
自分が建国に関わった国でさえ『人類全体の幸福』のためなら犠牲にできてしまう。それこそが人と神とを隔てる最大の『壁』であった。
もちろん自由気ままに生きる人間の世界のこと。本来の『予定』と変わることなど想定内であるし、スクナたちも『最終目標』に向けて軌道修正の計算をしていたというのに……。予定を狂わせた少女が、異世界に旅立ってしまった。
結果として、『守護者』を失ったその国は数年以内に一度滅び、複数の国に分裂することになる。せっかくの計算が台無しだ。
無責任すぎるだろ!
と、突っ込みたいスクナであったが、そもそも『予定』とは神々が勝手に決めたもの。あの少女はだいぶ人間離れしているし神扱いしたほうが正しそうであるとはいえ、それでも『予定』を知らない人間なのだから文句を付けるわけにもいかなかった。
せめて前もって話しておけばよかった……と嘆きながらスクナがぬぅぬぅ唸っていると――
「――やっほーい! スクナちゃ~ん! 今日も頑張っているみたいだねぇ!」
脳天気すぎる声が響いてきた。
ノックもなしに部屋に入ってきたのは、とっくの昔に仕事を押しつけて逃亡――ではなく、隠居した神であった。隠居したなら大人しくしていればいいのに、今は人間の弟子を鍛えることに注力しているという。
何を隠そう、その『弟子』がこの状況を作り出した張本人だ。
「……おばさま。本日はどのようなご用件でしょうか?」
敬語なのにまったく敬っていない声を向けると、それを受けた『おばさま』はわざとらしく胸に手をやった。
「ぐはっ! スクナちゃんにオバサン扱いされてしまった! せめてお姉さんって呼んでほしいな!」
「…………」
視線で神を殺せたらいいのに、と考えながら白眼視するスクナ。そんな彼女の目に根負けしたのか『おばさま』が本題に入った。
「ちょっとバカ弟子が心配だから、私も向こうの世界に引っ越すねぇ」
「……は?」
「さすが我が弟子。異界渡りの術式を完成させちゃったからね。ここは師匠として弟子の努力の結果を試してみないとね!」
「……本音は?」
「ついにとうとう弟子の造ってくれたお酒が底をつき……けれどもこの世界の酒は不味すぎて身体が受け付けず……最近では手が震えてきて……」
「なんという駄女神……」
なんで毒無効なのに禁断症状が出ているのだろう、という疑問に意味はない。わざわざスキルをオフにして酔っ払うのがこの駄女神なのだから。
「というわけで準備ができたら旅立つから! あとよろしく!」
「よ、よろしくじゃないですよ!? まだ世界も不安定ですし、『運命』も定まっていないんですよ!? おばさまくらい強力な神がいてくれないと――」
「スクナちゃん、キミは何か勘違いしているね」
「……どういうことですか?」
「私は! 人間の可能性を信じているのだよ! 運命は神が決めるものじゃない! 人間が自分自身の手で切り開くべきなんだ!」
「偉そうなこと言ってますけど! お酒飲みたいだけでしょうが!」
「あ、あとあの国の農業生産量が激減したから周辺国で食糧難になるかもね。その辺もよろしく♪」
「弟子の不始末は師匠が責任を持って――」
スクナが言い切る前に部屋を出て行ってしまう駄女神であった。今のスクナなら怨念で神すら殺せる気がする。
とりあえず計算は中止。あの国がどの程度分裂するか見極めてから改めて計算して……なるべく餓死者が出ないよう周辺国の教会に神託も下して……。
今後の対処に追われるスクナは、深くため息をついてからそっとつぶやいた。
「人間の可能性……。運命は、自分自身の手で……」