閑話 門外に馬を繋ぐ
なんやかんやと無礼講のような雰囲気になり。居館の庭先は、城で働く若者たちや、信長の連れてきた側近候補も含めた相撲大会の様相を呈していた。
地面に線を引いただけの土俵。相撲を取っているのは城の中でも特に背の高い若者と、そんな彼すら超える身長を誇る、犬千代という少年だ。
無論、周りの人間は土俵で相撲を取る二人に注目している。怒声のような歓声が飛んでいるし、中には銭を賭けている連中もいるようだ。
しかしながら。
そんな状況の中でも、不思議と、中心にいるのは一人の少年であるように感じられた。
――織田三郎信長。
快活に笑う少年は、とても織田弾正忠家の嫡男とは思えないし、あの謀略家である織田信秀の息子とも信じがたい。
元々連れてきた側近候補はもちろんのこと、城の若者たちも信長の輪に入り談笑していた。
そんな少年たちの様子を屋敷の中から眺めているのは……腰の痛みに耐えながらうつぶせに寝そべる斎藤道三と、彼の横に座る義龍だ。
帰蝶がいるので道三の腰痛もすぐに治せるはずなのだが、『歳も考えずに無茶しすぎです。しばらく反省してください』と冷たい目で見下され放置されている現状だ。むしろ腰よりも心のダメージの方が大きいかもしれない。
「……良き少年ですね」
父の醜態から目を逸らし――必然的に庭先を見ながら義龍がつぶやいた。
自然と人が集まる。
自然と人々の中心となれる。
ああいうのを、きっと『将器』と呼ぶのだろう。
――自分にはないものだ、と義龍は自嘲気味に笑う。
もちろん『史実』を鑑みれば『斎藤義龍』にも一国を治める将器があるのだが、残念ながら、義龍に未来を視る力はない。
くっくっくっ、と道三がおかしそうに喉を鳴らす。……腰が痛むのかいつもより控えめではあるが。
「あれこそが『将器』であろうな。うかうかしていては美濃国主の地位を掠め取られるぞ?」
道三も人の子だ。才があるならば自らの子供に美濃国主の地位を継がせたいと思っている。だからこそ義龍に奮起を促そうとしての発言だったのであるが……。
「……ふん、あのような『若造』に美濃をくれてやるわけにはいきませぬな」
ともすれば侮蔑にも聞こえかねない発言。
しかし、親子である道三は、その声の中にある『期待』を感じ取った。
若さ故の無鉄砲が丸くなり、もう少し『大人』になったならば、その時は……。
「……ずいぶんと期待しておるようだな?」
「期待、といえば期待なのでしょうな。あの帰蝶にあそこまで女の顔をさせることができるのですから……」
「……で、あるな」
「帰蝶との結婚、お認めになるのですか?」
「ふん、あの女の娘だ。反対すれば家を飛び出してでも結ばれよう」
「あぁ、そうですね。父上の娘ですからね。反対などすれば稲葉山城から叩き出されてしまいましょう」
「…………」
「最初から認めるつもりなのに、勝負を挑むとは。美濃のマムシとは思えぬ所行ですな」
「それはそれ、これはこれよ。帰蝶を盗っていくのだ、一度くらい投げ飛ばさなければ気が済まん」
「…………」
なるほど、その図太さが美濃を盗れた一因かと心底納得する義龍であった。
そして。
やはり義龍にも父の血が流れているらしい。
にわかに立ち上がった義龍は庭に降り立ち、上着を脱ぎ捨てた。
「――三郎! 儂の妹が欲しくば、この儂を倒してみせぇい!」
「っ! はっ! お相手願いまする義兄上!」
「おぬしに義兄と呼ばれる筋合いはないわ!」
容赦なく張り手をぶちかます義龍と、それに見事耐えてみせた信長。そんな二人を見てわぁわぁと囃し立てる若者たち……。
そんな庭の様子を眺めながら、斎藤道三は心底おかしそうに頬を緩めていた。
信長の嫁、はじめました①
~ポンコツ魔女の戦国内政伝~
Amazon
amazon.co.jp/dp/4803020353
楽天
https://books.rakuten.co.jp/rb/17999677/
紀伊国屋書店
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784803020359
ヨドバシ
https://www.yodobashi.com/?word=9784803020359
第5回アース・スターノベル大賞にて『入選』受賞&書籍化決定しました!
ブックマーク・評価などしていただけると嬉しいです。




