兄妹密談・2
喜太郎君(龍興)は前世で『鶴』を助けたらしい。
で、その恩に報いるために鶴がやって来たと。
なんというか、ありがちすぎて逆にビックリするお話だった。というか『鶴の恩返し』って転生後も有効なんかい。義理人情に厚すぎでしょう鳥なのに。
『なるほど、そういう“縁”があるからこそ史実の龍興も鶴に導かれて温泉を発見したと』
恩返しの仕方、もう少し何とかならないのだろうか? 国を追われる前に助けるとか……いや鶴に期待しすぎか。
「……ふむ、まぁいつ裏切るか分からぬ人間に任せるよりは増しか」
真顔でそんなことをつぶやくお兄様だった。まだ20歳くらいなのに人間不信すぎて将来が心配である。
そんな私の心配をよそにお兄様と鶴は話を進めてしまう。
「そなた、名は何と申す?」
「はっ、通でございます」
「お通か。我が息子の世話を任せる。励めよ」
「不惜身命を貫く所存でございます」
ははーっと頭を下げる鶴(お通さん)だった。
いや普通に話がまとまっちゃったけど、いいの? どこの馬の骨ならぬ鶴に嫡男の世話を任せちゃって。器大きすぎでは? 度量広すぎでは?
『主様にツッコミをさせるとは……斎藤義龍、何と恐ろしい……』
どういうことやねん。
プリちゃん相手にも割と突っ込んでいるわよ。
≪帰蝶の兄であるしな。超常現象には耐性があってしかるべきか≫
どういうことやねん。
耐性つくほどの交流はなかったわい。
怒濤のツッコミをしているうちにお通さんは部屋から出て行ってしまった。う~ん、なんだこれ?
◇
鶴なんていなかった。
新しい乳母、お通さんがやって来ただけである。乳が出るかは知らんけど。
≪雑な現実逃避よな≫
やかましいわ。
だいたい最近はドラゴンやら鶴やらのファンタジーな存在が出てきすぎなのだ。もうちょっと世界観を大切にしてもらいたい。ここ、戦国時代。ここ、ファンタジー世界じゃありません。
『あなたがいる時点で世界観も何も……』
解せぬ。
解せぬっているうちにお兄様が二杯目のお茶を淹れてくれた。何事もなかったように茶会は続行らしい。
「……光秀から聞いたぞ? 結婚相手を捕まえてきたらしいな?」
「捕まえたって表現はどうかと思いますが……。えぇ、とてもいい男を見つけてきましたよ」
「織田弾正忠の嫡男か。うつけと評判だが、実際はどうなのだ?」
「いずれ天下を手中に収めるでしょう」
「天下……? 天下とは、日の本全部のことか?」
そういえばこの時代って『天下統一』って概念がないんだっけ? いいとこ近畿あたりを制圧すれば天下人って感じで。
「ふふっ、私が協力するのですから、世界征服も夢じゃないですね」
「世界……? 海を越えると? それほどまでの人物か?」
「それほどまでの人物です」
「ふぅむ、にわかには信じられんが……。『うつけ』と評判の人間は、実際にはそんなこともないとも聞く。ここは実際に会ってみなければ分からんか」
「近々美濃まで遊びに来るそうですから、会ってみます?」
「まだ尾張と美濃は敵国だろうに……いや、そんなことに囚われぬからこそ、か」
なんだか『帰蝶の夫になる男だしな。常識を説いても仕方ないか』という感じの顔をするお兄様だった。解せぬ。
「名前は信長だったか……。その信長が天下を取らんとして。帰蝶は何をするつもりなのだ?」
なにやら『余計なことはするなよ?』と釘を刺されているような? いや気のせいよね? 妻としての覚悟を問われているだけよね?
「そうですねぇ。三ちゃんが尾張を統一するまでに……とりあえず、美濃を平定しちゃいましょうか」
父様は一応美濃国主ってことになっているけど、前の守護の土岐頼芸は美濃に留まっているし、東濃や郡上八幡あたりは半ば独立勢力になっているのだ。
「……『とりあえず』で平定できるものなのか美濃は?」
「尾張が手を出してこなければ、何とでもなるのでは?」
「……参考までに、何をするか聞いておこうか」
「まずは東濃の遠山氏をつつきましょう」
「遠山七頭か……。しかし、わざわざ攻めるほどの価値があるか?」
「早期に東濃を制圧して、信濃の勢力と誼を結ばなければなりません」
「……その先に、何がある?」
「――甲斐武田」
「武田、晴信だったか?」
「えぇ。大きくなる前にぶっ潰しましょう」
「……たしか、この前の戦で村上に大敗していたな。武田家を切り盛りしていた重臣を二人も失ったと聞く。それほどまでに警戒すべき相手なのか?」
「重臣二人という『要石』がなくなり、雌伏の時を過ごしてきた虎が、今まさに天高く飛び上がり竜すらも屠らんとしております。なればこそ早急に潰しておかなければなりません」
「帰蝶がそこまで警戒を……。そこまでの人物か?」
「え? う~ん、戦は間違いなく強いですよね。さすが孫子の兵法を学んだだけあって派手さはなくとも堅実にって感じで。まぁ織田信長や上杉謙信みたいなド派手な戦闘はほとんどないのでその辺は好みが分かれそうですけど。内政は……よく分からないですね。治水はちゃんとやっていますし分国法も制定していますから暗君とは言い切れませんが、税金については重税というか戦争と災害が多すぎて臨時の徴収ばかりですし。外交は――上手だって言う人もいますが、どうにも一貫性がないというか行き当たりばったりというか……。でもまぁ『一度恨んだら絶対忘れない』と秀吉からも酷評される織田信長相手に騙し討ちやったらそりゃあ滅ぼされますよねぇ。他の戦国武将ならまだ『利益』で手を結ぶこともできたでしょうけど、信長相手だと損益関係なく滅びるまで――っと、私の親友が評価していました」
「お、おぅ? よく分からぬが、まぁ帰蝶であるしな」
プリちゃん評価だと言っているのになぜ『帰蝶であるしな』となるのか。解せぬ。
うぅむ、としばらく唸っていたお兄様は最終的には納得したらしく、『対武田信玄』のための悪巧み――じゃなかった、策略を練る手伝いをしてくれた。
「まずは東濃の遠山氏を――」
「信濃までの道を確保できれば――」
「その頃には信濃も蹂躙され、武田信玄に対する危機感は共有されるでしょうし――」
「今のうちから誼を通じて――」
ふっふっふっとノリノリで話し合う私とお兄様であった。
『……やはりマムシの子供……』
≪腹黒さは親譲りか……≫
なぜかドン引きされてしまった。解せぬ。




