14.薬と医学
病院は光秀さんたちに(修行も兼ねて)頑張ってもらうとして。薬局を始めるにはまず材料となる薬草を集めなきゃだね。
幸いにして家宗さんは薬種商の知り合いがいるそうなので薬草の入手をお願いすることにした。もちろん中間マージンは取られるけど、見ず知らずの私が出向くよりも知り合いに頼んだ方が売ってもらいやすいだろう。
薬草はこの時代の日本にもありそうなものを注文したのだけど、今と昔では名前が違ったり薬草として認識されていなかったりしたので少しばかり苦労した。
自分で山に入って薬草探しをしてもいいけど『姫様』な今の身分じゃ気楽に山へも行けないし、大量に入手するのも難しいので家宗さんが協力してくれたので助かった。
……いい薬ができたときはぜひうちで専売を、と頼んできたのはさすが商人だね。
まぁとりあえず、近いうちに風邪薬や下痢止め、胃腸薬などの基本的な薬は作れるようになると思う。もちろん現代日本の薬ほどの効果は望めない、いわゆる漢方薬に近いものだ。それでも戦国時代なら革命的な薬になると思う。
『ペニシリンなどの抗生物質はどうしますか?』
「う~ん……」
前世の経験から作れないことはないし、プリちゃんもそれが分かっているから尋ねてきたのだろう。でも……。
「作っても耐性菌が恐いかな。もっと医療水準が上がってからじゃないと、別の抗生物質が開発できないよね。もちろん耐性菌が生まれるまでは多くの人を救えるだろうけど……」
遠い未来。『歴史』より早く誕生した耐性菌のせいで本来抗生物質で救えるはずだった命が救えなくなるという場面も出てくるかもしれない。たとえば第二次大戦中の英国首相、チャーチルとか。
今救える命と、未来に救われるはずの命。そもそも天秤に掛けられない問題だ。
どうすればいいのか。私には判断できなかった。
『……行方不明の帰蝶。正妻ではなく側室の子供である帰蝶。民のための善政を敷かんとする道三。すでに本来の歴史とは別の道を歩いているのですから、今さら歴史改変を気にしてもしょうがないのでは?』
それはそうだけどね。やっぱり救われるはずだった命が救えなくなることは避けたいかな。
薬は量産すればするだけ救える命は増える。でも、抗生物質は耐性菌という問題が付きまとうから……。
「……とりあえず研究機関の立ち上げかな。医療系の、パスツール研究所みたいな場所を作りたいよね」
ルイ・パスツール。パスツール研究所。
公衆衛生と消毒法確立への多大なる影響。弱毒化細菌を用いたワクチンと予防接種の開発。結核ワクチンの開発など。彼と彼の設立した研究所が人類医学にもたらした影響は計り知れない。
彼が生まれたのは1822年。
今は1548年。
もしも今からパスツール研究所のような場所を設立できれば……多くの英雄、幾多の秀才、数多の凡人を救うことができるだろう。
私には知識がある。
経験がある。
ならばそれを広めなければならないだろう。
「まぁ、まずはちゃんとした医学を広めないとかな。基本を知らなければ発展させることもできないし」
場合によっては人体解剖も覚悟しなきゃいけないかもしれない。
『どんどんやるべきことが増えていきますね』
「なぜか医療関係でね。私、専門は軍オタなんだけどなぁ。火縄銃を改造してライフルとか後装式銃とか作ってみたいのに……後装式火縄銃とか浪漫の塊なのに……」
『こちらの方が平和でいいじゃないですか』
くすくすと笑うプリちゃんだった。親友が楽しそうで何よりだよ。
◇
数日後。とりあえず現時点で入荷できた薬草を家宗さんが届けてくれた。代金の支払いは死蔵しまくっている例の金貨。薬を作って売れば今度から永楽銭で払えるようになるだろう。
『この時代には質の悪い鐚銭などもありますから、同じ永楽銭でも価値が違うので代金の受け取り時や支払時には注意が必要かと』
「あ~、びた一文ってやつか。分からないからプリちゃんにお任せしよう」
私ができること――薬草の処理をすることにする。
乾燥が必要なものは風魔法で乾燥させてすぐに使えるようにしておく。こういうとき魔法って便利だなぁとつくづく思う。機械と違って乾燥させすぎるってこともないし。
ただ、風魔法は適性持ちが少ないので、人を雇っての量産を考えるなら自然乾燥のやり方を教えなきゃダメだろう。
ちなみに漢方の原料をよく『生薬』と呼ぶけれど、生のまま使うわけではなく長期保存できるように天日干しなどの加工をするのがほとんどだ。
「え~っと、白芷、羌活、防風に……」
納品書と実物を見比べながら順次加工。ときどき質の悪いものも混じっていたので弾いておく。あとで家宗さんを通じて文句を言っておこう。そうすれば次からはいいものを送ってくるだろう。こういうのは『どうせ分からないだろう』と舐められたら終わりだ。
一通り加工作業が終わったあと、私は家宗さんから譲ってもらった紙袋を開けた。中に入っているのはこの時代の薬だ。同封されていた説明書を読む。
「なになに? 菩薩様が教えてくれた気つけ薬に、滋養強壮に効果がある水飴、腹痛や小児の虫などに効く薬……?」
胡散臭さ盛りだくさんである。菩薩様うんぬんは権威付けとして納得するとしても、小児の虫って何やねん。
『いわゆる疳の虫ですね。といいますか『奇応丸』は現代日本でも販売されていたはずですが』
「あぁ、奇応丸のことか。商品名が書かれてなかったから分からなかったよ」
『この時代の薬は秘伝ですからね。わざわざ商品名を書いて渡すこともしないのでしょう』
「ふ~ん。……現代のものと成分は一緒なのかな?」
ちょっと気になったので便利スキル:鑑定眼で奇応丸を鑑定した私である。
「うわ、古いっ」
何年前に作ったのよこれ?
作製から時間が経過しすぎていて有効成分が抜けてしまっている。多少は効くだろうけど……これだけ古いとお腹を壊す可能性の方が高そうな気が。
『この時代の薬の値段からしても、少し古くなったくらいで捨てるという発想はないでしょうね』
「それでお腹を壊したら意味ないでしょうに……」
これから作る薬には消費期限を明記しよう。固く決意した私であった。
とりあえず家宗さんが近辺で商取引をしている間に常備薬として使えそうな風邪薬と下痢止め、胃腸薬、あと湿布代わりとして軟膏をいくつか作って渡しておいた。実際に使ってみて効果が実感できたなら注文も入るようになるだろう。
まぁ家宗さんは堺まで行くそうなのでしばらくは無理だろうけど。車もないからこの時代の商人さんは大変だね。