斎藤龍興
「――お兄様! 可愛い妹が! 可愛い甥っ子の診察に来ましたよ!」
城門を蹴り開けて城に入ると、なぜか呆れ顔をしたお兄様が出迎えてくれた。
「…………、……帰蝶。せめて門は門番に開けさせろ。扉が壊れそうだ」
何か言いたいことをグッと我慢したようなお兄様だった。きっと可愛い妹に対する美辞麗句があふれ出しそうになったのでしょう。困ったシスコンである。
「ふふふっ、お兄様。万物流転。形あるものいつかは壊れますし、人はいつか死ぬのですよ?」
「いつか壊れるのと積極的に壊すのではまるで意味が違うだろう?」
なんという口の回転力。さすがはマムシの息子である。
≪ただ単におぬしの口八丁が穴だらけなだけでは?≫
やかましいわ。
「……息子の病気については口を閉ざすよう申しつけておいたはずだが、一体誰から聞いたのだ?」
「ふふん、忍者ですよ忍者。あ、この国では饗談と言うのでしたっけ?」
「……父上は何をしておられるのだ……いや、いくら父上でも娘に饗談を貸し出すはずは……いやしかし……」
どうやら『帰蝶が忍者を雇っているはずがないし、道三が忍者を貸したのだろう』と考えたらしい。それはまぁ自然な思考だとは思うけど……、親バカが酷すぎて『忍者を貸し出してもおかしくはないなぁ』と息子から疑われてしまう父様、もうすこし自重するべきだと思います。
「まぁ、よい。喜太郎の治療に来てくれたのだな? 家臣たちも帰蝶の『真法』とやらを疑うておるし、丁度いい機会だろう」
『幼名喜太郎ですと、やはり斎藤龍興ですね』
プリちゃんの呟きを聞きながら、お兄様の案内で御殿の中に入った。
◇
「――きゃぁああぁあっ! かっわいいでちゅね~! ぷにぷにでちゅね~! お姉ちゃんですよ~!」
撃沈。
撃沈した私である。
具体的に言えば喜太郎君(赤ちゃん)の可愛さにクリティカルヒットをもらった私である。
『うわキツい』
≪うわキツい≫
ステレオでドン引きするの、やめてもらえません?
だいたい、こんな美少女と赤ちゃんが戯れているのは眼福でしょうが目の保養でしょうが。同意を求めてお兄様に視線をやると――
「……うむ、父上と同じ反応であるな」
愕然。
愕然とした私である。まさかあの親バカ(そして孫バカと判明)斎藤道三と同じ反応だったとは。一生の不覚。そしてキッツいな父様が『でちゅね~』とか言っているの。
ちなみに。
部屋に集まってきた家臣(お兄様の近習や側近たち)は最初私に警戒の目を向けていたけれど、今となっては戸惑うように視線を泳がせている。
『なるほど警戒する家臣の心をほぐすためにわざとポンコツを演じていると。なんという神算鬼謀……』
≪ただ単に天然ボケなだけではないか?≫
謎の過大評価をするプリちゃんと、バッサリ切り捨てる玉龍であった。もうちょっと真ん中の反応が欲しいところである。
まぁそれはともかくとして。
熱を出した赤ちゃんを放置するのも可哀想なので、回復魔法を掛けてあげる。もちろん(何の意味もない)ありがたそうな呪文を唱え、(何の効果もない)光をキラキラ輝かせ、(特に意味もなく)風の魔法でゆったりと銀髪をなびかせることを忘れない。演出は大事である。
『また魔力の無駄遣いを……』
≪此奴は目立たないと死ぬ病気なのか?≫
友人二人は呆れ果てているけれど、
「おぉ! 顔色がみるみるうちに良くなって!」
「笑い始めたぞ!」
「熱が下がったのか!」
「これが『真法』の力か!」
とてもノリよく驚いてくれた家臣の皆さんであった。うむうむ、こうも驚かれると気分がいいわよね。
私がむっふーっとばかりに鼻で息をしていると、服の裾をとても小さな力で引っ張られた。
「だー、だーぁ」
喜太郎君である。
まさか赤子ながらも私の活躍を理解してお礼を言おうとしているのかしら? なんて天才なのかしら! そんなことを考えながら私が顔を近づけると――
「――ばぁば、ばーば」
「ぐっふうっ!?」
オバサンを通り越してお婆ちゃん呼ばわりされて心に致命傷を負った私であった。解せぬぅ。