そうだ、ローマに(そのうち)行こう
お金がない。
正確にはなくなる予定。
いやだっていきなり忍者雇用が(最大で)二百人になるとは予想外だったし。しかも雑賀衆の皆さんも雇わなきゃいけないし。
そういえば聞いてなかったけど、雑賀衆って何人くらいいるのかしらね?
『雑賀衆の総数は分かりませんが、すぐ近くの鉄砲傭兵集団『根来衆』は一万とも二万とも言われていますから、もしかしたらそのくらいいるかもしれませんね』
いや想定していた桁が二つ三つ違うわ。せいぜい数十人、多くても百人二百人だと思っていたのに……。
ぬぅ、こうなったら本気で鉛から金を量産――するのは疲れるから最終手段として。もっとこう大規模に不労所得をゲットできる手はないかしら?
『まず真っ先に考えるのが『不労所得』って……』
≪汗水流すって発想はないのか此奴……?≫
だってー、私ってば前の世界では貴族だったしー。王太子の婚約者だったしー。自分で働くなんて信じられなーい。
『婚約破棄されましたけどね』
古傷を抉るのは止めてください。いや傷にもなってないけど。むしろ『やったぜ!』と全力で喜んで(師匠用の)良いお酒を開けちゃったけど。まぁそれは置いておくとして。
不労所得と言えばやはり関税か。あとで三ちゃんやお義父様と交渉して尾張の各地に大桟橋を作り、その他には大きな街道を作って関所を独占しちゃえばガッポガッポ稼げるでしょう。
『あなたの夫である信長は、むしろ関所を廃止していくんですけどね』
夫婦が必ずしも同じことをしなくてもいいのです。と良さげなことを言ってみる私。
う~む、街道を作るとなると、やはりコンクリートとアスファルトは欲しいわね。アスファルトは新潟まで行けば手に入るとして、コンクリートは……。
あ、そうだ。ローマまで行ってコロッセオを鑑定すれば『ローマン・コンクリート(古代コンクリート)』の作り方を解析できるのでは?
前の世界にはローマン・コンクリート製の建造物がなくて鑑定できなかったけど、この世界にはある。もちろん火山灰の性質が違うから日本での完全再現は難しいかもしれないけど、似たようなものができるはずだ。
というか私が状態保存の魔法を掛ければ千年単位で劣化を抑えられるのだから、むしろ普通の鉄筋コンクリートでも問題ないのでは?
いやしかし、やはり浪漫。浪漫が大事よねローマン・コンクリートだけに。ローマン・コンクリートが再現できるなら再現しなくては。
うんうん、コンクリートが作れるならわざわざ城に石垣を使わなくても、コンクリートで固めれば大砲にも耐えられる城というか要塞が作れるわよね。
『また面倒くさいこと考えてる……』
なぜか呆れられてしまう私だった。旅順要塞(1548)とか軍オタのロマンじゃん。解せぬ。
ちなみに軍オタはなぜか『コンクリート』ではなく『ベトン』と言うことが多い。ドイツ語とかフランス語でコンクリートのことをベトンと呼ぶから、たぶん明治陸軍あたりの流れからベトンと呼ぶのだと思う。いや書籍とかでわざわざ『ベトン(コンクリート)』と追記するくらいなら素直にコンクリートでいいじゃんとは思うのだけど。そのへんはきっとこだわりとか何かあるのでしょう。たぶん。
『はぁ、そうですか』
あまりにも興味がなさそうな『はぁ、そうですか』だった。百科事典が知識に対する興味を持っていないのってどうなのかしらね?
◇
「――というわけで、父様。稲葉山城(岐阜城)を大改造しませんか?」
私が提案すると父様は訳が分からなそうに首をかしげた。
「……儂はてっきり『街道を作りましょう!』とお願いされるとばかり」
また忍者を使って盗み聞きしていたらしい。いい根性しておられる。
ちなみにいくら忍者でもプリちゃんとの会話は聞こえないので、そのあと開催した光秀さんとの『第一回・新しく街道を作って関税で荒稼ぎするならどこがいいか会議』を盗み聞きされたのだと思う。
「街道はとりあえずアスファルトを入手してから考えるとしまして。やはり軍オタとしては御城の大改造をしてみたいものなのです」
「あすふぁると? ぐんおた?」
「よく考えれば稲葉山城に砲弾を撃ち込める大砲なんて百年単位で出てこないのですから、無理してコンクリートを使おうとせず、ここは見た目重視で石垣と漆喰で固めた御城にしちゃいましょう」
「たいほう? こんくりーと?」
「というわけで計画図を書いてきました。どうぞご覧ください」
畳一畳分ほどの紙を広げるとお父様や光秀さんが興味深そうに覗き込んできた。
「ふむ、ずいぶんと練り込まれた縄張り(設計図)だな……。しかし、平地が広すぎるのではないか?」
父様が言いたいのは稲葉山の山頂部でしょう。稲葉山城は普通の山城と同じく、山頂部の尾根伝いに城が広がっているのだけど、山頂近くなのでどうしても平地というか平らな地面が少なくなってしまうのだ。つまりその分『曲輪』などの利用可能場所が狭くなってしまうと。
しかし私の描いた計画図では山頂部の平面は現在の数倍はある。これはどういうことかというと――
「――稲葉山城は狭いので、ちょっと山頂を切っちゃいましょう。平らになるように」
「……は?」
「こう、風の魔法を使って。スパーンと。具体的には硝煙蔵の手前くらいから。標高で言うと250とか260メートルのところを。そうすれば平地も増えて建物も増築できますし。まぁ失敗したら斜めになるかもしれませんけど、ここは唯一無二で天下無双の私に任せてもらって――」
ガッシリと。父様が私の両肩を掴んできた。
「――いいか帰蝶。止めても無駄だから『やめろ』とは言わん。だが、万全の準備をして、失敗しないようにしろ。よいな? 失敗、しないよう、万全を、期、す、る、の、だっ!」
ぎしぎしと手に力を込める父様だった。きっと私への期待が肩を掴む力に変換されているのでしょう。ふっふっふっ、期待されたからには答えなくちゃね!
『期待というか、諦めというか……』
≪苦労しているのだなぁ斎藤道三とやら……≫
なぜか涙を拭う玉龍だった。きっと私と父様の親子の絆に感動しているに違いない。




