04.美濃の親バカ
何だかんだで稲葉山城の城下町へ到着。とりあえず皆の家を準備しなきゃね。
私の弟(断言)である孫一君と、人質という扱いの小西隆佐君(もう私の弟でいいのでは?)と妻の若草ちゃんは稲葉山城で暮らしてもらうことにして。その他の人は城下町に家を借りることになる。
もちろん支払いは私持ちだ。雑賀衆の分もね。うちは福利厚生(?)がしっかりしているのだ。
生駒家宗さんも美濃まで同行してくれたので、家というか屋敷を借りるお手伝いをしてもらう。こういうのは稲葉山に詳しい商人に助力してもらうのが一番だからね。
今回連れてきたのは三ちゃんが買い取った女性四人と、河原でスカウトした皮なめし業の男性、そして雑賀衆六人だ。
私としては女性と男性は別の屋敷を準備しようとしたのだけど、女性の方から『男性と一緒の方が安心です』という意見が出た。
まぁ、現代日本じゃないしね。治安を考えるとそっちの方がいいのか。一緒に旅をしたことで打ち解けたみたいだし、雑賀衆は傭兵をしているだけあって筋肉マッスルで肉弾戦も強そうだもの。
一抹の不安があるとすれば、若い男女が一緒の屋敷で暮らすことによって不健全なアレコレが起こってしまうことだけど……。
『……あの女性たちは主様の庇護下にありますからね。主様の恐ろしさを知っている男性なら、一緒に暮らしても無体なことをしないでしょう』
恐ろしさって何やねん恐ろしさって。私がいつ恐ろしさを知らしめたというのか。こんなにも貧弱で清楚で歩く姿は百合の花だというのに。
『そういうところです』
こういうところらしい。
プリちゃんからの私評価はあとで正すとして。ちょうど良く大きな屋敷が売りに出されていたので即決購入。決め手は敷地内に複数の建物があったこと。これで男女別に生活することもできるでしょう。
あとは――、あ、そうだ。平手さんを父様に紹介しないと。平手さんが大人しく付いてきてくれていたのですっかり忘れていた。
『忘れないでくださいよ、尾張からの使者という扱いなんですから』
≪ほんと、ポンコツよな≫
気づいていたなら指摘してくれればいいのに。解せぬ。
まぁ、とにかく平手さんには遅れたことを謝罪して、さっそく稲葉山城にお招きして父様と――
と、そんなことを考えたせいかは分からないけれど、
「――帰蝶! やっと帰ったか!」
護衛っぽい人を引き連れた父様がズカズカとした足取りで近づいてきた。一応は美濃国主なのに、町中を。
「帰りが遅いから心配したぞ! 何度堺にまで兵を進めようと思ったことか!」
私を抱きしめ、頬ずりしてくる父様。父様は髭が薄めだけど、顎髭が筆の先のように『ぴょーん』と生えているので頬ずりされるとくすぐったい。
父様は私を抱きしめたままクルクルと回り始めた。衆人環視のど真ん中で。この人には恥じらいとかないのかしら?
『……やはり主様の『父親』ですか……』
こんなことで血を感じるのはやめていただきたい。というか、いくら私でもここまではせんわ。
『……孫一君と一旦別れて堺に行く前、ギュッと抱きしめてクルクルと回っていませんでしたか?』
そんな昔のことは覚えておりませぬ。
≪三歩歩けば忘れるか。鶏並の知能よな≫
はははっ、岩石落とし喰らわせるわよ駄竜?
≪しかし、この土地の領主と聞いておったが、ずいぶんと奇特な人物ではないか≫
奇特って。
『斎藤道三は意外と子煩悩というか、親バカですからね。義理の息子である信長に対する異常なまでの厚遇は有名ですが、実の息子である義龍に代替わりした際、わざと牛裂きや釜茹でなどの残酷な処刑をして家臣や人民の心が義龍に向かうよう仕向けたという説もありますし』
黒田官兵衛的だなーいい話だなー。と、ほのぼのするには血生臭すぎた。親バカでもマムシはマムシと言うことだろう。
そんな美濃の親バカ――じゃなくてマムシを引きはがしつつ平手さんを紹介する。
「……あの、父様。尾張から平手政秀さんがお越しになっていまして」
「む? 平手? ――よくぞ参られた。斎藤山城守である」
今さらながらキリッとした顔を作る父様だった。なるほどその覇気はいかにも『乱世の奸雄』って感じだけど、私を抱きしめたままではすべてが台無しであった。
≪やはり親子か……≫
呆れたようにため息をつく玉龍だった。解せぬ。




