21.宴
「はいはい、喧嘩しないで仲良く分け合いなさいな」
焼き芋争奪戦を見ていられなくなったので仲介に乗り出す私である。
「三ちゃん。いくら戦国時代だからって弟と争ってはいけないわ。血を分けた大切な家族なんだからね」
「……素晴らしい考えだとは思うのだが……大げさすぎるのではないか? ただの芋の取り合いであるぞ?」
「甘い。甘いわねぇ三ちゃん。サツマイモより甘いわ。食べ物の恨みは恐ろしい。世界最初の弟殺しは供物が原因だったのだからね」
「……さすがに弟殺しはせぬと思うが……」
いやするから。食べ物は原因じゃないけど、あなた弟殺すから。
ここは未来の悲劇を回避するためにも兄弟仲を良くしなければ。決意した私は原因である焼き芋を何とかすることにした。
まずは風の魔法で焼き芋を三等分に。そして両脇を三ちゃんと十ちゃんに分け与え、真ん中の部分(一番デカい)を私がいただく。
ふっ、これぞ近江商人の言う『三方良し』よ!
『もはや原型すらありませんが』
プリちゃんは呆れ声で突っ込んできて、
「……一番いいところを迷いなく取るとは、さすがは我が妻よな」
「……兄上の妻になる御方ですから、このくらいでなければ務まりませんか」
なぜか納得したように頷く兄弟だった。解せぬ。
◇
そんなことをやっているうちに準備ができたそうなので、宴会会場に移動。まぁ急に決まった宴会だし、畏まったものではないでしょうと軽い気持ちで襖の開けられた部屋を見ると――
なんか、家臣の皆さんがずらっと並んでいた。部屋の左右に一列ずつ。上座には当然お義父様がいて、すぐ近くにはお義母様までいる。
上座に近い左右には……雉と鯛? 箱に載った二羽の雉と、お膳に載った二匹の鯛が置かれている。
『置鳥と置鯛ですね。式三献という、最も儀礼的な酒宴での飾り物だったとされています』
……置物?
『はい。記録の上ではそうなっています』
鯛はともかく、雉の死体を眺めながらお酒を飲むの? 結構デカいよ、雉って。生々しすぎて食欲減衰しない?
『現代日本ならとにかく、この時代は鷹狩りなどで『獲物』の死骸を目にすることも多いですし。別に平気なのでは?』
怖いな戦国時代の人。
ドン引きしていると促されたので席に着く。上座に近く、左右の家臣さんたちに挟まれるような位置だった。
「しばし待たれよ」
と、襖の奥に行ってしまうお義父様。そういえば(先に宴会場に向かっていたはずの)三ちゃんと十ちゃんがいないわね。
そんなことを考えていると襖が開けられた。
まず入ってきたのはお義父様。
旅館の宴会とかでよく見るお膳? っぽいものを手にしている。
あれ? お義父様にお膳を運んでもらっちゃった? 織田弾正忠家当主様に? 家臣が凝視している中で? 私の繊細な胃が死ぬぞ?
『繊細? どこが?』
私の胃が鋼鉄でできているみたいな言い方、やめていただきたい。
『……なるほど、鋼鉄ではなくオリハルコンかアダマンタイト製であると?』
どういうことやねん。
『ボケはともかく、日本における『もてなし』、あるいは『ふるまい』はいかに招待客を歓待できるかが重視されていましたので。主人がお膳を運んでくることもあったでしょう。普通は馬廻りなどの仕事ですが、信長も歓待するために自分でお膳を運んでいましたし』
信長って以外と細やかな気遣いができるよね。
まぁ他のところで盛大にやらかすんだけど。
そんなことを考えたせいか、今度は三ちゃんがお膳を運んできた。その後に十ちゃんも続く。
三人によるお膳運びはさすがに異常なのか家臣の皆さんもざわついていた。
『……信長も、自分の息子や甥にお膳を運ばせたことがあるのでセーフでは?』
セーフだと思うなら視線を逸らすのは止めていただきたい。
なんやかんやでお義父様が私の前に座り、銚子を差し出してくる。
プリちゃんに促されるまま、三枚重ねられた土色の盃を一枚取ってお酒を注いでもらい、ぐいっと一口で――
『あ、』
と、プリちゃんが声を上げたときはもう遅い。
張り付いた。
唇が、盃に。
…………。
あの~、全然剥がれる気配がないのですが?
唇が盃にくっついたとか、剥がそうとして唇が『びよーん』と伸びるって美少女にあるまじき痴態なのですが?
『この時代の正式な献杯儀式に使われた盃は『かわらけ』と呼ばれる素焼きの土器でして。乾いた唇で触れると、唇の水分を吸い取ってくっついてしまうんですよね。宣教師も飲む前に唇をしめらせておけと注意書きを残すほどでして』
知っているなら、どうして、もっと早く、教えてくれなかった、のか。解せぬ。
しょうがないので盃を無理やり引きはがすと、唇の皮まで剥けて出血してしまった。まぁ自動回復のスキルで即座に治るけど、痛いものは痛いのだ。
決めた。決めたよプリちゃん。
美濃に帰ったら陶磁器を量産して『かわらけ』なんて駆逐してやりましょう。
『……ちなみに宣教師の残した文章によると、『かわらけ』は使い捨てで、タダ同然の値段で売られていたそうですね。陶磁器で駆逐するのはかなり難しいのでは?』
容赦のないプリちゃんだった。
プリちゃん解説によると、信長や秀吉が権力者になるにつれて『かわらけ』も使われなくなっていったというので、やはり三ちゃんにとっとと天下人になってもらいましょうかね。
『……素焼きの土器を駆逐するために天下を取らせるとか前代未聞過ぎません?』
呆れたようにため息をつくプリちゃんだった。