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13.マムシの娘か、薬師如来の化身か




 ふっふっふっ! いいでしょう! そっちがその気ならこっちも『うつけ』てみせようじゃありませんか!


『……なぁんか、嫌な予感が……』


 プリちゃんの不安をスルーしつつ、挨拶されて名乗り返さないのもアレなので、とりあえず私はお義父様の前まで移動してから正座し、恭しく頭を下げた。


「織田弾正忠様に拝顔を賜り恐悦至極に存じまする。わたくし、ご子息様の妻になります斎藤帰蝶でございま――あいたっ!?」


 プリちゃんが体当たりしてきた。私の後頭部に。ガツーンっと。拳骨するように。



『あ~な~た~は~っ! ア~ホ~か~っ! 途中まではちゃんとした挨拶をしていたから安心していれば! このポンコツ!』



 拳骨(体当たり)では飽き足らないのか私の頬に体当たりしてグリグリしてくるプリちゃん。くぅ、とうとうプリちゃんからツッコミ(物理)されてしまったぜよ……。


 というか、熱い。熱いですプリちゃん。光っているせいかプリちゃんは白熱電球くらいの熱さなのだ。やめて~。頬が焦げる~。


 他の人にはプリちゃんの姿は見えないけれど、『目に見えない誰かに拳骨された私』や『何かに頬をグリグリされている私』は見えるのでさらにざわついていた。


 そして――



「――ふははははっ! なんとも『たわけ』た女よな!」



 かんらからから呵呵(かか)かんらと笑うお義父様だった。なんか知らんけどツボに入ったらしい。


 あまりにも笑いすぎたのか咳き込むお義父様だった。どんだけ『おもしれー女』なんですか私……。


 そんなお父様だけど、病状が思わしくないのか上半身を脇息に預けている。先ほどは軽~く名前だけ鑑定しただけだったので、改めて詳しく鑑定してみると――


「うわぁ……」


 何というか、よく平気な顔していられるなこの人。病気がかなり進行しているし合併症まで……。普通の人なら立つことも辛いでしょうに。


「人の顔を見てうわぁとはなんだ、うわぁとは」


 わぁ三ちゃんそっくりの反応。これはこちらとしてもからかい(・・・・)たくなってしまう。


「あら、そんなこと言いましたっけ?」


「……儂相手に誤魔化すとは、面白き女よな」


 面白がっている割には『威圧』してくるお義父様だった。塚原卜伝さんもだけど、スキルも無しに威圧してくるの止めてもらえません? 戦国時代、バケモノばかりか。



『……こんな近距離で『威圧』を受けても平然としている主様も十分バケモノですが?』



 解せぬ。


 私は平気だったけど、お義父様の『威圧』は本物ではあるので、室内にいた重臣の皆さんは軽い恐慌状態に陥っていた。かろうじて平静を保っているのは柴田勝家さん他数名のみ。

 これ、もしかして三ちゃんもそのうち威圧を習得するのだろうか? やだなぁそんな恐怖政治をする三ちゃん。


 頼りない家臣たちの様子に鼻を慣らしつつ、私に視線を向けてくるお義父様。


「儂に睨まれて平然としておるとは、まこと面白き女よな」


 いや睨むどころじゃないですが? 威圧ですが? 前の世界的な説明をすると一定以下のレベルの者を一定時間行動不能にするスキルですが?


 もちろん私の心の中のツッコミがお義父様に聞こえることはなく。


「ふむ、実を言うと美濃へ人をやっておぬしのことを色々調べさせてもらったのだ」


 なるほど結婚前の身辺調査か。


『違うと思いますが』


 違うらしい。


「あのマムシが今まで隠しておった娘であるからな。調べるのも難儀すると思っていたのだが……杞憂であったわ」


 なにやら心底おかしそうに喉を鳴らすお義父様だった。


「私はそんなに面白かったですか?」


「あぁ、面白い。戦傷者に仕事を与え、薬種商がこぞって求めるほど効果が高い薬をわざわざ安くするよう交渉する。さらには万病を癒やすという『阿伽陀(アッキャダ)』を作るなど……。なるほど薬師瑠璃光如来の化身と崇め奉られるのも納得の高潔さであるな」


「そんな高潔な人物に、実際会ってみていかがでしたか?」


「……どうにも『高潔』とは思えぬな。饗談(忍者)からの報告とかけ離れておる。よもや、その見た目で影武者や人違いというのも考えがたいしのぉ」


 興味深そうに髭を撫でるお義父様だった。


「う~む、マムシの娘であれば“真法(まほう)”なる南蛮渡来の技を使えるはず。それはいかなる技なのだ?」


「そうですねぇ。例えばお義父――弾正忠様のご病気の治療などいかがでしょう?」


「……ほぅ? 儂の病気が治せると? そもそも、儂はいかなる病であると?」


 なにやら挑発的な目を向けられたので遠慮なく『鑑定』結果を伝えることにする。


「――喉が渇きませんか?」


 私の発言を受けて、周りにいた誰かが『何をふざけたことを!』と憤った。まぁそうでしょうね。喉が渇くなんて普通のこと。人間生きていれば誰だって喉が渇くのだから、それが病状だと言われてもピンとくるはずがない。


 しかし、お義父様の反応は違った。


 僅かに目を見開いたあと、興味を引かれたのか、一言も聞き逃してなるものかとばかりに身を乗り出してくる。


「症状としましては喉の渇き。手足の痛みと痺れ。最近は目のかすみがあるでしょう? ほぅほぅ、立ちくらみも酷いと……。あとは肺炎も併発していますね。あ、肺炎では通じないですかね? 咳が出るし胸も痛いでしょう?」


「…………」


 かつては『飲水病』や『口渇病』、あるいは『消渇』と呼ばれていた病気。



 ――糖尿病。



『織田信長も糖尿病だった可能性が指摘されていますね』



 まぁ三ちゃんは甘いものが好きだし……。


 ただし注意して欲しいのは、糖尿病の原因は甘いものの取り過ぎだけじゃないってことだ。


 そもそも糖尿病になりやすい体質が遺伝してしまうこともあるし、それ以外には加齢、喫煙習慣、過度の飲酒、高脂肪・高カロリー・食物繊維不足などの食生活、運動不足、睡眠不足、ストレスなどが原因とされている。


 まぁつまり、甘いものを食べ過ぎていなくても糖尿病になるし、元々なりやすい人もいるってこと。お義父様の場合は戦場を駆け回っていそうだし睡眠不足やストレス、あるいは早食いなんかも原因になるかもしれない。


 三ちゃんも糖尿病になりやすい体質かもしれないし、甘いものが大好き。これはやはり食生活を改善しなければいけないわね。


 ……病気になってもポーションで治せばいい? いやいやこういうのは甘やかしてはダメなのだ。私は惚れた男にも厳しい系美少女なのだから。


『いや甘々ですが?』


 プリちゃんに真顔ならぬ真声で突っ込まれてしまった。解せぬ。


 プリちゃん評価に異を唱えながら私はアイテムボックスからポーションを取り出した。


 いきなり空中から現れた(ように見えた)せいか周囲の人たちが驚きと困惑の声を上げる。そんなざわめきを横目に私はポーションをお義父様の前に置いた。


 にやり、とお義父様が口端を吊り上げた。


「見事な技よな。それも“真法”であるか……。して、それは一体?」


 対抗して私もにやりと笑ってみせる。


「そうですねぇ。マムシの毒かもしれませんし、薬師如来が持つとされる阿伽陀かもしれません。これを飲めば血反吐を吐いて死に至るかもしれませんし、御仏の慈悲によって病が根治するやもしれません」


「……ほぅ、儂を試すか? さすがはマムシの娘よな」


 お義父様がゆっくりと立ち上がり、上座から降りて私のすぐ目の前に座った。あまりの距離の近さに家臣が苦言を呈そうとするけれど、お義父様は一睨みでそれらを黙らせてしまう。


 お義父様が阿伽陀(ポーション)を手に取った。陽にかざすようにしてポーションを観察する。


「はて、さて。この女性(にょしょう)はマムシの娘であるか、あるいは薬師如来の化身であるか……。……いや、違うな」


 くっくっと笑ってからお義父様はポーションのフタを外し、迷うことなく飲み干してしまった。渡した人間が言うのも何だけど、もうちょっと疑った方がいいのでは?


 呆れる私に構うことなく空き瓶を床に叩き置き、そして――



「――『嫁殿』がせっかく用意してくれた薬。飲まぬわけにはいかぬよな」



 まるで三ちゃんのような笑みを浮かべるお義父様だった。




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― 新着の感想 ―
[一言] さすが信長の理解者だなあ。そして糖尿病は2種と1種の複合型がめんどくさいのよねえ(家系でなりやすい+早食いとかのせいでなってる人
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