09.治癒術を教える
とりあえず光秀さんと城内を回った結果、回復魔法の適性者は二人だけだった。それも私の女中さん一人と台所の下働きをしている下男さん一人なので、父様が最初に教えて欲しいと頼んできた『斎藤家家臣』かと問われるとちょっと微妙なところ。確かに斎藤家で働いているけれど、少なくとも父様の想定していた『家臣』ではないと思う。
あ、でも光秀さんには回復魔法の才能があるから、その意味で言えば家臣一人は確保できているのか。
ちなみに家臣たちの前で帰蝶であると挨拶したとき、それとなく鑑定眼で皆の素質を視ていたので、(あのとき集まった)家臣の中に回復魔法の素質持ちがいないことは確認済みだったりする。別の属性の適性持ちは何人かいたけど。
稲葉山城で二人(光秀さん含め三人)だけと聞くと少なく感じるかもしれないけど、回復魔法(聖魔法)の適性者は一万人に一人とも言われているのでかなり多かったりする。
「ご、権兵衛です」
「ち、千代でございます」
私の部屋に集められた台所の下働きをしていた男性と、女中さんがたどたどしく頭を下げた。もちろんもう一人の適性者・光秀さんも並んで座っている。
『斎藤道三の娘に呼び出され、隣には重用されている明智光秀が座っている。下男や女中からしてみれば胃が痛いことでしょうね』
くすくすと笑うプリちゃんだった。この子ときどき性格悪い。
『主様よりはだいぶマシです』
真顔で断言されてしまった。いやプリちゃんは光の球なので表情はないけれど、真顔で断言されてしまった。
気を取り直して私は集まってくれた二人に質問する。
「ええっと、お二人はどこまで話を聞いていますかね?」
「は、はい。光秀様からはなにやら治癒の方術を教えてくださると」
方術とか怪しさ満点である。いきなりそんな話をされたら逃げ出すね私だったら。まぁでも光秀さんから言われたら断れないか。
私は小さく咳払いした。
「このたび、父様からの命によりあなたたち二人に治癒術を教えることとなりました。この治癒術は熊野の山奥に暮らす一族が伝え続けてきた秘術であり、選ばれた者しか使いこなすことができません」
即興でそれっぽい設定を作った私である。異世界の魔法よりはまだ信じてもらいやすいだろう。
以前の私の説明とは違うためか光秀さんが首をかしげる。余計なことを言われてもあれなので私は光秀さんに向けて念話を繋いだ。
(説得力を持たせるための方便なので、お気になさらず)
「むぅ!?」
突如として頭の中に声が響いてきたせいか光秀さんが素っ頓狂な声を上げた。隣にいた権兵衛さんと千代さんが怪訝な顔を向けたので光秀さんは咳払いで誤魔化す。
(き、帰蝶。なんだこれは)
(念話と呼ばれるものです。内緒話ができて便利ですよ?)
(確かに便利ではあるが、説明もなく使うのは止めてくれ。二人からも変な目で見られてしまった)
(それに関してはごめんなさい)
ちょっとした罪悪感にさいなまれた私はさっそく仕事をすることにした。まずは台所手伝いの男性、権兵衛さんの手を握る。この前光秀さんにやった魔力同調をするためだ。
権兵衛さんは何というか特徴がないのが特徴っぽい男性であり、派手さはないけど心根は優しそうだった。たぶん『彼氏としてはないけど結婚相手にはいいかもー』とか言われちゃうタイプ。
ちなみに私の女中でもある千代さんは十代後半くらい。素朴な美人さんだけど心の強さを感じ取れる目をしている。
「へ!? ひ、ひ、姫様!?」
私に手を握られて権兵衛さんが気絶しそうなほど驚いていた。千代さんも目を丸くして光秀さんも眉間に皺を寄せる。
『次々と男性の手を取るとは『ふしだら』な女ですね (戦国時代基準)』
(女性に厳しいなぁ戦国時代)
内心ため息をついていると少しの違和感。握った権兵衛さんの人差し指に使い古された布がまかれていたのだ。
『切り傷ですね。台所で働いているそうですから包丁で切ったのでは?』
止血に布をまくのは分かるけど古布を使うのかぁ。いや血で汚れるから新しい布を使いたくない気持ちは分かるけど……衛生観念が本当に未熟なんだね。そちらも教え込まなきゃダメっぽい。
決意を新たにしてから私はふと思いついた。まずは治癒術の実演をした方がいいんじゃないかなと。光秀さんはともかく他の二人は胡散臭そうな顔をしているし。
権兵衛さんの人差し指にまかれた古布を解き、傷口を確認する。すでにカサブタになっているけど結構深い傷だ。
私が傷口に手をかざして魔力を注ぎ込むと傷はみるみるうちに小さくなり、消えていった。まるで時を巻き戻したように――というか、実際に時を巻き戻しているのだ。
自分の傷が消えていく様子に権兵衛さんは絶句し、千代さんは目をぱちくりさせていた。治癒術を見るのは二回目であるはずの光秀さんも驚きを隠せていない。
「これからあなたたちにはこの術を使いこなせるようになってもらいます」
「は、はい!」
「し、身命に代えましても!」
床に額を押しつける勢いで頭を下げる二人だった。千代さんや、身命に代えたら死んでしまいませんか?
いったん仕切り直して再び権兵衛さんの手を取り、魔力の同調をする。権兵衛さんの才能は光秀さんと同じかちょっと高いくらいであり、次に行った千代さんはかなり高めだった。具体的に言うと権兵衛さんと光秀さんは辺境の村にいるくらいの治癒術士、千代さんは地方都市でやっていけるレベルの治癒術士になれそうな気がする。
私は三人に治癒術――というか魔力の操り方を教えた。端的に言うと『ほぁああ!』だ。『ほぁああ!』とすれば治癒術は使える。
『……致命的なまでに説明が下手ですね』
しばらくやってみても誰も魔力を操れず、見かねたプリちゃんが口を出してきた。
『まずは深呼吸して空気中の魔素を体内に取り込みます』
プリちゃんの説明をそのまま三人に伝える。あの明智光秀が真面目な顔で深呼吸している姿はちょっと面白かった。
『魔力の元となる魔素を身体に取り込みましたら、魔力への変換作業です。肺の中にある温かい『もの』を、先程主様の手を握った際に流れ込んできた『もの』に変換します。温かいものを冷やして、冷やして、自分の中に取り込んでいく感じで。これはコツを掴むまで練習するしかないですね』
少し練習させてみるとまず千代さんが、次いで光秀さんと権兵衛さんも魔素を魔力に変換することができた。
『続いて魔力を手のひらに集め、身体の外へと放出します』
ちなみに治癒術に関して言えば呪文を唱える必要はなく、患部に手のひらを添えて魔力を注ぎ込むことによって『治癒』されていく。使う魔力の量によってちょっとしたケガから大病に至るまで対応するって感じだ。
まぁつまり端的に言うと『ほぁああ!』とするとケガを治せるってこと。
『まだ『ほぁああ』にこだわっているんですか……』
プリちゃんが呆れている間にも千代さんが魔力の放出に成功した。やはり一番才能があるみたい。しばらくして光秀さんが、そしてさらにしばらくして権兵衛さんがコツを掴む。
一応鑑定眼で視てみてもちゃんと回復魔法は使えている。それを確認した私はアイテムボックスから手術用のメスを取り出して――自分の手の甲に切り傷を付けた。
「はぁ!? き、帰蝶! 何をしているのだ!?」
光秀さんが慌てて私の手を取り傷口に布を押し当ててきた。
「はい、回復魔法の練習をしてもらおうと思いまして」
「だからって自分の手を切りつけるやつがあるか!」
「すぐ治るので大丈夫ですって」
「そういう問題ではない! 練習台ならどこかで適当にケガ人を見繕ってくればいいだろう!」
「しかし都合良くケガ人がいるとも限りませんし、今現在の三人の回復魔法で治せない怪我人を連れてこられても練習になりませんもの。ここは自分で自分たちのレベル――熟練度に合わせた傷を作った方が合理的であるかと」
「……一理あるかもしれないが、いやしかしだな……」
納得できないのか眉間に皺を寄せて唸る光秀さんだった。そんなに気にしなくてもいいのにねー。光秀さんは心配性だなー。
『今回も主様が悪いですね、全体的に』
プリちゃんの冷酷は指摘はある意味傷口より痛かった。というか『今回も』ってなんやねん。私が毎回悪いように言わないで欲しい。
『……自覚無しですか?』
「ない!」
断言するとプリちゃんから冷たい目で見つめられてしまった。いやプリちゃんは光の球だから以下略。