音楽奇譚集〜大好きな歌を聴く耳が変わる〜
うっせぇわ
「これでもう、2度と会えないね、エリ?」
バス停のベンチでとなりに座るサヤが言う。
ススキと雑草と、川の流れる音が聴こえるこの世の果てのような景色を見渡しながら、何回目だろうか、と思う。
「すぐに遊びにくるって」
むりやりつくった笑顔で答えながら、ウソを言ってしまう。
ウソつき、とつぶやくのが聞こえるのを無視する。腕時計を見るとバスがくるまであと20分だ。
サヤと出会ったのは2年前。
まだ女子高生だったころ、女子特有のマウントの取り合いに巻き込まれそうになったときに助けてくれたのがサヤだ。
私の彼氏がクラスのリーダーのような存在で、ナルシストキャラだった。それをよく思わない女子達から、イジメがはじまる寸前でサヤが言った。
「おまえら、うっせーわ!」
剣道部で県大会にも出場して、成績もトップクラスのサヤのひと言でクラスの全員から、あきるほどの謝罪をされて私の学生生活はとても平和に終わることができたのだ。
ナルシストキャラの彼氏と別れたあとも、サヤと一緒に行動した。一緒に昼休みにお弁当を食べて、放課後はカラオケで流行りの攻撃的な歌を唄った。
「同い年ぐらいで、こんなひとがいるなんてすごいね」と笑うサヤはなんだか、猫のようだった。
「アタシは、これからひとりかぁ」
また、隣でサヤがつぶやく。
高校を卒業後は、東京でアパレルの仕事をすることになり、地元から離れて一人暮らしをする事になった。
サヤは、ずっとひとりだ。
両親はサヤが産まれてすぐに、交通事故で死んでしまって祖父母に育てられてきた。何かが欠けた女の子、そして何かをずっと求めてる女の子。
遠くのほうから、バスが向かってくる。
「元気でね、サヤ」
うつむくサヤの目は腫れていた。
「愛してるよ、アキ」
またか、と思いながらこたえる。
「うるさいなぁ、聞きあきたよ。ワタシも愛してる」
バスの扉が開いた。