5.誰がため息が花を揺らす
スーパーで仕事中の撫子はジャガイモの箱を持ち上げた。
(重いんだよなぁ、でも今は男だからこのくらい軽々ですよみたいにしてなくちゃ)
急にヒョイと箱が軽くなって目線を上げるとP
「結構重いなーっ遊びきたー」
「いいよこれ俺の仕事!」
「遠慮すんなって!」
箱の取り合い問答をしてジャガイモを陳列していく。
(はぁ、悪意0なんだよ始末が悪い)
撫子が今最も警戒してる相手、それが、身近な危険人物・P!
こないだキスされて、撫子はそれがまだ忘れられてない。がPはこの通りケロッとしている。
(ま、バンド内で変な感じになるよりはいいけど?)
「焼き鳥持ってきたからまた一緒に食おうぜっ」
「うちくんの?」
面倒風に言う撫子。
「今日は神木もいるんでしょ?」
笑顔。
(胸に付けてるスマイリーだよ)
Pと同じ顔が並ぶ缶バッジ。
そこに撫子に神木からメールが入った。
〈今夜はポトフにするからジャガイモと人参と玉ねぎとソーセージ買ってきて。〉
P「ポトフかぁ楽しみー神木の料理♪」
「食ってく気?」
面倒風に撫子。
「え、なんで駄目?」
悪意0。人懐っこい。
「はぁ、断れねぇ」
撫子は額に手を当てた。
神木がポトフを作る。間、Pと撫子は部屋でひそひそ。
「撫子、キスから始まる関係とかない?」
「ばっ、あるわきゃねえだろ!」
「そんな事言うなよ、俺撫子の唇の感触が忘れらんないっ」
「ばか、やめろ」
チューの唇でわざとらしく笑顔で迫るP。
本気じゃないのがわかるので撫子はPの肩を押してとどめる。
「撫子キスしよーよ」
「懲りねー奴!」
押し合いはまるでじゃれ合いみたいになる。
ぐぎぎ。
と、撫子の手首が負けてクキッとなりはずみでPが押し倒したみたいな格好になった。
「!」
Pも自分で驚き、二人数秒間フリーズ。
…キンドキンドキン
(な、なんであたしドキドキしてんの)
「どけよ!」
グイッと押しのけて起き上がる。ちょっと睨んでやる撫子。なのにPはスマイル。
「撫子、顔赤いで」
「!」
両手を頬に当てて
「~~っ、バカ」
ポカポカ叩く。
Pは嬉しそうに笑ってばかり。
そこに神木がきて撫子の肩にちっちゃくトス、と拳を付けてペタンと座る。
「あっポトフもうできたの?」
「あと10分煮込むだけ」
半目で息をつき拳を口元に当ててPを見る神木。
「何?神木も俺に迫って欲しいの?」
悪意0で素朴に聞くP。
神木は無言でPに寄ると、頬を膨らましてギュウゥ、と軽くPの腕をつねった。
「バカ。」
困惑した顔になるP
「どうしよ、俺神木に乗り換えるべきなの?」
ペシッと神木がPをはたいた。
「おぉマジポトフじゃん、どっからどう見てもポトフだー!…うんまっ。神木はいい嫁になるなー」
「たらしに言われても響かねえよ。」
「何だとぅ、たらしじゃねーわ」
「じゃあチャラ男。」
「ひどいよ神木っ」
「軽男。」
Pが昔の写真を見たいと言い出したので撫子は仕方なくスマホの写真を見せてやる。
「おぉ撫子昔からイケメンだったんやな」
神「よく告られてたよね」
「えっマジ?」
「女子からだよ、後輩とか」
「へー。てかこれ!制服!撫子が女の格好してる!」
「あっバカ、見んなっ」
スマホを取り合ってじゃれる二人。を見て神木は小さく唇を尖らせた…
撫子のスマホは高2で買ったので写ってる神木は既に髪が肩より長くて私服だ。
「おぉ神木だ、可愛いー」
神木はフンと鼻息をついて半目で言った。
「どうも。」
今日は撫子がライブで着る服をもう一着買いに、神木とお出かけ。
バンドマンっぽい服、という事で神木に選んで貰うのだ。
今着ている黒革ハイネック襟ベルトへそ出しベストに似た感じだが違う、薄い布のゴシックなへそ出し黒ジャケと黒ベルトチョーカーにした。これから夏だからだ。
帰りは夕方、満員電車だ。
神木を守る形でドア横の壁に手をついていたが、ギュウ!と押された拍子に腕力が足りず、ムギュ!と神木と密着!
(ひゃあ!)
男ぶろうとしつつもきゅう、となった撫子をチラと見上げ、半目で小さく息をつく神木。
撫子の腕の中で向きを変える時、かすめるように唇が撫子の鎖骨に触れた。
(えっ今----)
偶然か、それとも…
そして神木は撫子の鎖骨にコツンと額を付けてうつむいた。
(さ、さとるの息で胸があったかい…!)
ドキンドキンドキン…
「…こ、撫子」
ハッとする撫子。神木がじっと見上げてる。
「…顔赤い…気をつけて。男だろ」
「う、うん」
プルプル、と小さく頭を振った撫子。まだ見上げてた神木と超至近距離で目が合って。
(どうしよ息が当たりそう…あたしは今、男…っ)
でもドキドキが止まらない。神木の綺麗な大きな瞳に吸い込まれそう。
ガタン…また揺れてギュウと押される。
「…っ、―――!」
神木が、撫子の腰に手を回して、撫子を軽く抱き寄せた。
はた目には美少女がイケメンに守られて抱きついている図だが…
「さ、さとる…?」
ドキンドキンドキン
「…落ち着くかと思って。」
さとるから撫子の胸に身を預けた。
(何これ!もうあたし…っ)
沸騰寸前になった所で初台のアナウンス。神木がスッと離れた。
(あ…。もっと抱きついてて欲しかったな)
神木はクールで、いつもと変わらない。
いつも通り帰って、夕飯を作って食べて、お風呂に入って、テレビを見て、話をして、押入れに上がった。
撫子はその間ずっと神木を意識しっぱなしだった。
(あたしの方が変なのかな、意識し過ぎだよね、くすん)
自分の頬をペチペチ叩いて電気を消す撫子。その音を神木は黙って聞いていた。