お姉さま、ずるい!
ひどい妹がブームということで、すごくひどい妹を書いてみました。
「お姉さまのドレス、素敵だわ。お姉さまばっかりずるい! 私にちょうだい!」
「お姉さまのデザートの方が私より大きいわ。お姉さまばっかりずるい! 私にちょうだい!」
私の妹は今日も平常運転だ。「お姉さまばっかりずるい! 私にちょうだい!」を連呼している。
申し遅れました。私はフリスク辺境伯の長女マフェットです。先ほどから騒いでいる妹は次女のキャリー。
辺境伯として国境を命懸けで守っている父と長兄のアズーリ兄様、そして弟のドーエルが後顧の憂なく任務を全うできるよう、社交界という女の戦場で戦う母から学び、そして後に支えるために私たち姉妹は王都にて共に生活しております。
そう、いつか母とともに戦えるように学んでいるはずなのですが、この妹の有り様は一体……
「キャリー! いい加減にしなさい! マフェットのドレスは誕生日プレゼントとして婚約者の第三王子からプレゼントされたものなのよ! それを欲しがるなんてわがままを言うんじゃありません!」
この国は、我が家の価値を正しく理解してくださっており、私の婚約者は第三王子サンルス様と王命により決められています。
サンルス様も私との関係を大事にしてくれており、とても良い関係を築いております。
そして、妹の所業もよく理解してくれています……
「お母さま、ひどいわ! 誕生日だからってお姉さまだけプレゼントがもらえてずるい!」
「あなたの誕生日には、あなただけプレゼントもらっているでしょう! だったらそれだってずるいことになります! ではあなたの誕生日プレゼントをマフェットに渡しなさい!」
「自分の誕生日にもらったプレゼントを何でお姉さまに渡さなきゃいけないのです! ひどいわ!」
「ならマフェットの誕生日プレゼントを頂戴っていうのもひどいって理解できるでしょう!」
「理解できません! お姉さまが我慢してくれればいいじゃないですか。お姉さまばっかりずるい!」
「ずるくありませんし、ばっかりでもありません!」
いつもこんな感じです。
お母様は公平な方で、私たち姉妹に平等に厳しくも温かい愛情を注いでくれております。
遠く離れたお父様もです。そして兄弟も皆お互いを思い合っています。キャリー以外は。
「いつもごめんね、マフェット」
「いえ、謝るのは私の方ですわ、お母様。またいつもの病気に振り回されて」
「いえ、謝るのはどう考えてもキャリーの方よ、同じように育てたのに、何故こんなに差が…… というよりあれはもう病気か呪いかと諦めるしかないのかしら」
「まだ見捨てないであげてください。私も頑張りますので」
「ありがとう、マフェット。あの、ずるい、というのはどういう発想なのか、私はどうしてもそれが理解できないのよ。あなた、わかる?」
「わかりません。極端な平等主義かと思ったのですが自分だけがいい思いするのは問題ないわけですし。単純に私が嫌われているだけって思った方がまだわかります。もしかしたら、『羨ましい』って意味で使っているのかもしれません。文脈的にはそれだと、全部ではないですが、ある程度説明できます」
「なるほどね、いよいよ、荒っぽい躾が必要かもしれないわね。もう手遅れ、もっと早くすれば、ってみんなには怒られるかもしれないけど」
「……お母様……」
ある日の食卓。
「キャリー、今日はあなたの好物のブルーベリーがあるわ」
「ありがとう、お母さま!」
「あ、待ちなさい」
母の制止に手を止めたキャリー。何事かと思えば、給仕係がキャリーと私のデザート皿を計量し始めました。
「キャリーの方が多いわね、それは公平ではないわ。同じ重さにしなさい」
これ、実はわざと多めに盛り付けておいたのです。
キャリーの皿から私の皿に移されるブルーベリーを見てキャリーが叫ぶ。
「そんな! お姉さまばかりずるいわ!」
「ずるいというのは、人をだしぬいて自分が得をするような、正しくないやりかた、わるがしこいことをさす言葉よ。マフェットは何もずるくないわ」
「私の方が多かったのに! ずるい! ずるい! ずるい!」
「食事の席で騒ぐなど淑女にあるまじき行為よ。いいわ、キャリーの皿を全て下げなさい」
そもそも食事中にお皿を計量することが大前提としてマナー違反ですけどね、って突っ込みそうになりましたが、グッと堪えました。この流れ、もちろん、お母様と私の事前の仕込みです。
「まだ食べ終わってないのに!」
「キャリーを部屋に下げさせなさい。外から鍵をして出られないように。どんなに騒いでも聞く必要はありません」
「お母さまとお姉さまは食べているのに! ずるい!」
「ずるくありません。これはあなたへの罰です」
またある日のこと。
「マフェット、学園の定期テストの結果が一位だったそうね。これはそのご褒美よ」
王都で大人気のケーキを、お母様が手配してくださいました。
「お姉さまばっかりずるい! 私に全部頂戴!」
「これはマフェットが頑張った結果です。しかも半分頂戴ならまだしも全部なんて図々しいにも程があります」
「だってずるいじゃない! それと何で私の分の夕食がないの!?」
「定期テスト、あなた、最下位だったそうね、キャリー。これはその罰です」
「そんなずるい!」
「ならあなたも一位を取りなさい」
またしても強制的に自室に閉じ込められるキャリー。でも今回は更に追加があります。遠隔地の映像と音声を映し出せる魔道具が、キャリーの部屋に設置されていました。
キャリーは空腹に耐えながら、夕食を楽しむ私たちの姿を見させられることになったのです。
「ずるいー! ずるいー! ずるいー! ずるーいー!」
キャリーの部屋からはずっとずるいー! という叫び声が聞こえていたそうです。
「マフェット、本来だったらキャリーの婚約をそろそろ決定するはずだったけど」
「どう考えても無理ですよね」
婚約者候補は近衛騎士団長の次男パピズ様でした。軍部にパイプを作ることを期待しての選定でしたが……
「パイプどころか亀裂が生じるわ、あの子じゃ」
「私もそう思います」
「お父様が恥を忍んで先方に事情を説明した上で、婚約話の撤回を申し出てくれたのだけど……」
「何か問題が?」
「その次男とあなたの婚約者が友人関係で、次男の方が面白がって、一度だけでも顔合わせしたいって言ってきたのよ」
「なんと厄介な……」
「それで、本当に無礼者なので、何をしでかしても当家にはお咎めなしとしてください、と確約してもらって、面会の場を設定することになったわ。あなたと第三王子も出席ということで」
「嫌な予感しかしないんですが」
「……ごめんなさい……一応私も同席できることになっているから……」
そして当日。
「お姉さまばかりずるい! 私も王子さまが婚約者がいい! こんなマッチョな婚約者なんていらないわ!」
「控えなさい、キャリー! パピズ様はあなたの婚約者ではなくってよ!」
「私の婚約者を決める会にきたんだからこのマッチョが婚約者なんでしょー、いやよー、私、王子さまが婚約者がいい、お姉さま、譲って!」
案の定の大暴走。それを止めようとした私を手で制すサンルス様。あ、ちょっと怒ってる……
「マッチョと言ったかい? 言っておくが筋肉量では私の方が勝っている。マッチョと呼ぶなら私の方がマッチョだ」
あ、怒りポイントそこでしたか……
大丈夫ですわよ、今日も殿下の上腕三頭筋が仕上がっているのは服の上からでもわかりますわ。
だから服を脱いでサイドチェストをしようとなさらないでください。
「何でもいいです! 王子さまと結婚すればお姫さまになって贅沢ができるんでしょー、お姉さまばっかりずるい!」
「ではこうしよう、来週、マフェットと交友を深める予定を組んでいたが、そこで一日君をマフェットの代わりにしよう。君は私を自分の婚約者だと思って対応してくれ」
喜色満面の笑みを浮かべるキャリー。
「ただ、正式な婚約者はマフェットだから、マフェットとパピズも同行させる」
「お姉さまもお出かけなんてずるいわ!」
「いやなら話は終わりだ」
席を立つサンルス様。
「待ってください! それでいいです!」
そして、お出かけ当日。
観劇すれば、「あの席の方が見えやすい、ずるい!」「役者の人、素敵な衣装着てずるい」
ランチでは、「こんな庶民的なお店なんて! 王子様はお金持っているのに高級店にしてくれないなんてずるい!」「卵かけご飯なんて食べたくないわ! 隣のテーブルの人はもっといいものを食べていてずるい!」
街を歩けば「私にプレゼントしてくださらないなんて! お姉さまにはしているんでしょう、ずるい!」
夕食では「なんでピザなんて庶民の食べ物なのよ! 普段いいもの食べているのに私の時だけ安物なんてずるい!」「トッピングにアンチョビーなんてしょっぱいの食べたくない。あそこのテーブルの皿と交換して! ずるいじゃない!」
ずるい、に溺れそうですわ……
そして後日。
サンルス様、パピズ様、そしてお父様や兄弟含めた家族全員でキャリーの婚約者の件で場が持たれました。
「お望み通り、一日マフェットと交代してあげたが、君は私の婚約者に相応しくないことを君自身の行動で証明して見せたわけだ」
「何故ですの! 私は間違ったことはしていないですわ! お姉さまが婚約者譲りたくないだけじゃない! ずるいわ!」
「観劇の芸術的評価や歴史解釈について感想を聞いても、ずるい。今、新たな販路を生み出さんとしている生で食べられる清潔な鶏卵の説明をしても、ずるい。街の路地裏の清潔さやペットの肥え具合から市井の景気判断の話をしても、ずるい。この街の郷土料理であるピザに、マッチョなアンチョビーをトッピングしたものを食べても、ずるい。聞くに堪えない」
「でも、私、可愛いです! お姉さまよりずっと! だから私を……」
「殿下失礼します! 緊急にお耳に入れたい件が!」
何かしら、吉報には思えないわね、と身構える私たちよりも早く、キャリーが叫ぶ。
「下っ端風情が邪魔しないでよ! 今私が殿下を口説いてるところなのよ」
この、妹は!
しかし叱りつけようとする私より早く殿下が一喝する。
「国のために働いてくれている者になんていう物言いだ! 黙れ!」
サンルス様の一喝に、さすがの妹も動きを止める。
「報告を続けてくれ」
「は! かねてより水量の低下が懸念されておりましたヤロザイ川がいよいよ干上がりそうとの報告が穀倉地帯の領主よりありました」
ヤロザイ川は我が国の母なる川とも言える川で、ここ数年、源流地帯の乾燥が原因で水量が低下しておりました。サンルス様が主導となりいくつかの対策を検討・試験しているのですが、実効性のある施策は打てていません。
「わかった。一先ず現地に向かおう。マフェットも同行してくれ」
私も対策チームの一員ですので、当然向かおうと思います、が、その時。
「お姉さまばっかり遊びに行けてずるい! 私も旅行したい! 旅行して美味しいものとか食べたい!」
「っ! 国の! 民の危機なのですよ! 遊びじゃないのですよ!」
「えー、平民なんていくらでもいるんだし、頑丈だから多少食べなくてもいいじゃないー」
場が、静まりましたわ。
怒りが限界を越えると、逆に頭はクリアになるのですね。
淑女として恥ずべきことですが、この愚か者に、その愚かな言動に報いを与えねばと足を踏み出した私を制止する手が。制止する声が。
サンルス様と目が合います。
お母様も頷いています。
お父様もお兄様も弟も、もはやキャリーを見る目が家族に対してのものではありません。
私たち貴族は、確かに生活水準は平民とは比べものにならないほど高いです。必要に迫られれば平民の命を踏み躙ることもありましょう。ですがそれは、税を納めてくれる民を、国を守るために働くからこそ許される特権なのです。
その民を、そして貴族の矜持を踏み躙った、この女はもう、私の妹でもなければ、フリスク家のものでもなく、貴族でもなく、人としてすら認めたくありません。
いいでしょう。あなたの望み、叶えてあげます。
私も、家族とサンルス様に、しっかりと頷き返します。
「わかったよ。キャリー。では私と一緒に旅行しよう。少々遠いが、豊富な山の幸が取れるところだ。早速明日朝から出発してくれ。現地には、私も遅れていく」
笑顔で語るサンルス様。
「やっとわかってくれたのですね!」
大喜びのキャリー。
さて、私も準備をしましょう。
翌日、我が家自慢の乗り心地とスピードを両立した馬車に荷物搬入する場にて。
「お姉さま、旅行中に寂しくないように、お姉さまのアザラシのぬいぐるみ頂戴!」
「えぇ、いいわよ、あれ、泥に落としたから捨てようと思っていたの、あげるわ」
「ごみを押し付けるなんてひどい!」
「黒いトドのぬいぐるみは私が大事にしているものだからあげないわよ!」
「ずるい! 私に頂戴!」
「お姉さま、旅先での衣装用に、あのドレスを頂戴!」
「えぇ、いいわよ、あれ、流行遅れだから捨てようと思っていたの、あげるわ」
「ごみを押し付けるなんてひどい!」
「あっちのドレスは私が大事にしているものだからあげないわよ!」
「ずるい! 私に頂戴!」
「お姉さま、宿泊地で身につけるように、あのアクセサリを頂戴!」
「えぇ、いいわよ、あれ、模造品だからだから捨てようと思っていたの、あげるわ」
「ごみを押し付けるなんてひどい!」
「そっちのネックレスは私が大事にしているものだからあげないわよ!」
「ずるい! 私に頂戴!」
と、こんな感じ。
もちろん、アザラシのぬいぐるみは私の大事なもの。トドはお祭りでたまたま当てちゃった大きくて可愛くないもので始末に困っていたもの。
ドレスも最初に強請られたのは、今の王宮の人気のデザイン。あげたほうは、馴染みのデザイナーの弟子が練習用に作ったものをもらってくれと言われた試作品。
アクセサリーもあげたほうが、お忍びで行った屋台で買ったガラス玉。
せいぜい満足なさい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私、キャリーは幸せの絶頂です。
いつもうるさいお母さまやお姉さまから離れて、お姉さまの大事なものに囲まれて、乗り心地の良い馬車に美男子の世話人もついて、道中でも美味しいものを食べて、そして目的地に着いたの。
道中、ずるい人をいっぱい見たし、ずるいから私に渡すように言いなさい、って世話人に言っても、聞いてくれないことだけが不満だったけど、ここで王子さまと仲良くできるんだー、って思ったら我慢してあげたわ。
まだ王子さまは来ないらしく、ここの周囲を散策したあと、夕食は一人で食べたけど、今まで食べたことがないような美味しい料理だったわ。
なんていう料理か給仕の人に聞いたら「ダニエ・セヌ」とか何とかだって、聞いたことないけどいいわ、きっとこれからも何度でも食べられるから。
「ダニエ・セヌよ、そんな言葉も知らないの?」
給仕の人が何か言ったけど、よく聞こえなかった。
なんか眠くなってきた、部屋に戻って……寝よう……
「いたたた、、」
体の痛みで、目を覚ました私は、石のベッドに石の枕で寝ていることに気がついた。パジャマも囚人服みたいな物。
「どこ、ここ?」
石作りの部屋なんだけど、出入り口がどこにもないように見えるわ。
天井は高くて一番上が塔みたいになっていて、そこに窓がついている。あと、半分くらいの高さのところに青く光る大きな綺麗な石が見える。あと、何の音? 水の流れる音? 青い石から水が流れていて、水飲み場みたいなところに流れているのを見つけた。
よく見ると、部屋の隅にトイレが仕切りも何もなく置かれている。嘘でしょ、私みたいな王国一の淑女にこんなところで用をたせとでも言うの?
壁には私の部屋にあった、音声と画像が映る魔道具が埋め込まれている。反対の壁には不思議な窪みがあって、そのそばには石作りの椅子と机がある。
おかしい。私に何が起こっているの? 王子さま助けて!
声を上げた。枯れるほど声を上げた。でも誰も来なかった。夜になって、石のベッドで寝て、朝起きた。
壁の窪みで物音がした。
硬い米のおにぎりが一個だけあった。
これを食べろということ!
突然、魔道具が映像を映し出した。この領地の農民たちが朝ごはんを食べているみたい。私はおにぎり一つなのに、ちゃんとした食事でずるい! ずるい!
……青い石の光が強くなった気がした。気のせいかしら。
王子さまとお姉さまが見覚えのないところで何かやっている、泥まみれで難しい顔で何か話しているけど、自由に歩けてずるい。ずるい!
……もう何日経ったかしら……今日は王子さまとお姉さまの結婚パーティー。楽しそうでずるい。料理美味しそうでずるい。
今日はここの収穫祭みたい。魔道具からも外からもすごく楽しそうな声が聞こえる。でも、なんでおにぎりが来ないのよ。私にはおにぎり渡さないで自分たちだけお祭り楽しむなんてずるい!
お祭りが終わって何日かたったころ、お祭り料理の残骸が一食分、壁の窪みから出てきた。みんな出来立て食べていたのに私だけこんなのなんてずるい。
お姉さまにお子が産まれた。お姉さまだけ母親になれてずるい! 私に頂戴!
王子さまも交えて家族みんなで楽しく団欒している。私を除け者にするなんてずるい。
お父さまもお母さまも孫に囲まれて幸せそうでずるい。
お姉さまの子供の結婚式? 楽しそうでずるい! 家族を私に頂戴!
お母さまのお葬式? たくさんの人に見送られてずるい! お姉さまたちもお母さまが死んだおかげでみんなとお食事会できてずるい! お父さまのお葬式には私にご馳走食べさせてくれないとずるい!
お父さまの葬式! 私にご馳走ちょうだいって言ったじゃないの! お父さまもたくさんの孫に囲まれてずるい!
ずるい! ずるい! ずるーい!
………………
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人の強い感情、精神力を媒体に魔石を通じて水を供給する魔道具。サンルス様のチームの検討内容の一つにあるものです。
問題は、魔石と接続するのは一つにつき一人。そして、この魔道具はまだ一つしかない。
つまり、一人の人間を専任でつける必要があり、人道的観点から採用が見送られていました。
この燃料にキャリーを当てることにしたのです。最後の旅や食事は、冥土の土産、という物ですわね。
あら、嫌ですわ、冥土の土産に、なんていうと、この後すぐに打ち倒されるというのが定番の物語よ、ってお婆様が仰っていましたね。では、せめてもの餞別、に言い換えますわ。
水の魔道具の設置場所は、最も効果的な場所を研究者が選んでくれました。源流の近くの開けたところ。潤沢な水が保証されているので、開墾もして、新しい村を作ることにしました。
最初の一年は無税。田を作るところから始めるので、食料ほか生活必需品も国が用意する。その後二年間は通常税率の三割、その後二年間は七割、以降は九割。但し、ある約束を守ること。それを条件に村人を募集しました。
最終的な税率でも通常の九割という好条件なので候補者に不自由はしませんでしたわ。
そして大事な守るべき約束とは……
設置した祭壇に毎日お供物をすること。玄米のおにぎり一つでよいので。
お祭り期間中はお供物をやめること。
お祭り後に残飯でいいので一食分お供物にすること。
「あいわかりました。ですがお供えと言うからには、神様へのお供えなのですよね。何という神様でしょうか?」
え? 考えてませんでした。というかキャリーごときを振りとは言え神とは言いたくありませんわね。
言葉に窮した私を、サンルス様が助けてくれましたわ。
「水精ズルーイ、という。下級の精霊だが、君らの水源を守ってくれる存在だ。よろしく頼む」
素敵な名前ですわ。サンルス様。
あの子のことだから、自分がおにぎりだけなのに他の人がご飯食べてたら、お祭りなのに自分が無視されたら、お祭りのご馳走の残飯を寄越されたら、どういう反応するか、いうまでもありませんわ。
祭壇は片道の転移装置。あの子のところに届けてくれるわ。
あの子の「ずるい」という感情と魔石を接続しましたの。これで魔道具はしっかり機能します。母なる大河の渇水のリスクを無くせるのでしたら、この程度の投資は安い物ですわ。
さて、これで逆に川の水が増えすぎるリスクは増したから、次は大河の氾濫・洪水の対策をしないと。
「凶事の対策は一旦できた、吉事の話を進めても良いのではないかな? マフェット。」
吉事?
「私たちの結婚だよ」
「まぁ。私に、その大胸筋を枕に眠る栄誉を下さるというのですね、待ち侘びていましたわ」
「インクラインベンチ頑張ったからな、大胸筋は良い仕上がりだ、好きに枕にしてくれ。大腿四頭筋で膝枕でもいいから。他に要望は?」
「では、式ではお姫様抱っこ、と言うものをしていただきたいです」
「お安い御用だ。ダンベルカールで上腕二頭筋をしっかり追い込んでいるからな。なんならフロントプレスしてもいいぞ。三角筋もちゃんと肥大化している」
「それは高すぎて怖いから遠慮しますわ」
顔を見合わせて笑い合う私たち。
「殿下が妹に取られなくてよかったですわ」
「世界に女性が彼女だけだとしてもお断りだ」
「気持ちはわかりますわ」
二人の距離が近づき、顔を寄せ合い、ここから先は恥ずかしいから秘密ですわ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新しい村人は、水精の祠から「ズルーイ、ズルーイ」と聞こえてくると、今日も精霊様は元気だと、仕事に精を出すのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数十年の時を経て、祠に王家の調査隊が訪れた。
「この地に来るのも久しぶりですわね、旦那様」
「あぁ、本当に」
「お父様、お母様、ここに私の叔母様が?」
「いいえ、叔母ではないわ、あなたの叔母と呼ばれる資格は、あの子にはないわ」
「呼び名など、ズルーイ、で良いではありませんか、母上、姉上」
家督を長男に譲ったマフェットとサンルス、そしてその次女と四男である。
「やはり、ズルーイはもう死んでおります。そして地縛霊となってなお、ずるい、と魔石に力を供給している模様です。思った以上に都合の良い状態です」
一流の魔道具技師になった四男が状況を報告した。
「よし、では、太陽光をエネルギー源とする魔道具と、供物をエネルギー源とする魔道具を補助として設置したのち帰るとしよう」
「一つだけ、仮にも血縁にあるものとしての情けをかけてよろしいでしょうか」
司祭の力を持つ次女が許可を求める。
「もし、ずるい、という妄執に囚われることの無意味さを彼女が悟った時、亡者の地獄でなく、天上の神の元に行けるようにしてあげたいのです」
「その優しさは無為に終わると思うが、良いだろう」
しばしの時をおいて立ち去る四人。
「さようなら、キャリー。私は生きている間しか国のために働けないのに、あなたは死んでも地縛霊になって国に貢献できるなんて、ずるいわ。……なんてね」
この地には今日も、ずるい、の声が木霊する。
必須栄養素と玄米のアミノ酸スコアについてのツッコミはご遠慮ください。きっと魔石の水がミネラル豊富な水なんですよ。(投げやり)
流行りは妹を溺愛する親、もセットと聞いてますが、そこは敢えて外しました。