第二節
「どうぞ、狭いですけど」
「そんなことないよ、お邪魔します」
赤い瞳の女性は、綺麗に靴を揃えた。それにならって、ルミも揃える。マミもまた、綺麗に揃えた。
聞きたいことがたくさんあるが、聞きすぎても、がめついと思われてしまう。マミは、少し躊躇って、緑茶を出す準備を先にしようと、決めた。そのとき、マミはちらりと包丁の場所を確認した。
コップ三個と、ティーポット。緑茶のパックを引き出しから取り出し、中に抛る。水をポットに入れて、沸騰するまで待つ間、マミは、彼女とルミの動向を見守った。ルミはパーティの準備をするために、大量の折り紙を机に出している。ルミの様子を見ながら、彼女は口を開いた。
「お姉ちゃんの聞きたいこと、当ててあげようか? 一つ、鍵の在りか。二つ、鍵の持ち主。三つ、私の正体」
「どういうこと?」ルミは首を傾げた。
「妹ちゃんには言ってなかったのか、まぁ。いいや」
女性は、器用に折り紙を一つ、取る。彼女が選んだのは、自分の瞳と同じ、赤い折り紙だった。
「さて、まず鍵の在りかだけど。お姉ちゃんは少し変だなって思うことなかった? 通学路を探してるとき」
言われて、確かにマミには違和感があった。最初に通った道と同じ道を通ったはずなのに、最初とそのあととでは何かが違った。でもそれは、心情の変化故だと思っていた。鍵を失くしたことを受け止め切れていない自身の弱さだと。
「……お姉ちゃんも違和感があったみたいだね。答えは、これ」
女性の手には、紅葉の形をした折り紙があった。
「そう、紅葉。正確に言うと、落ち葉、かな。お姉ちゃんが最初に通った時、落ち葉があったと思う。でも、鍵を探して再び歩いたときには落ち葉はほぼなかった、でしょ? このことから導き出される答えは、一つ」
赤い瞳の女性の口から語られる言葉はあまりにも冷たく、まるで機械のようだ。ルミはふと不安になって、笑顔で赤い瞳の女性を見た。真実を告げる彼女が、何故だか悲しそうな顔をしているように感じたのだ。
「清掃員さんがあの道を通ったことになる、よね。鍵が落ちていたことに気付いた清掃員さんが次にする行動はなあんだ?」
「交番に届ける?」
「それも、まぁ正しい。だけど今日担当の清掃員さんはそんなに真面目な人ではなかった。とすれば、必然的に鍵の場所は一つ。そう、落ち葉を掃くときに邪魔にならないように、どこか塀の上かなんかに置いておくことが一番手堅い。そこでお姉ちゃんが通った道の塀を注意してみてみたら……ビンゴ!」
違和感のない笑顔に戻った赤い瞳の女性は指をはじいた。マミはふんふんと興味深そうに自身の頭で整理していたが、新たな疑問を口にした。
「どうして私が鍵を失くしたと?」
「あぁ、それはたまたまだよ。私はこう見えて忙しい生活を送っているんだけど、今日はたまたま休息日でね、家からずっと外を見ていたんだよ。ま、家と言っても正確には神社なんだけど」
女性は、たまたま暇であったというところを強調した。
「……もしかして、あの江ノ神社?」
「えー! ねがいがかなうじんじゃにいるの?」「そうだよ、すごいでしょ」
江ノ神社とは、江ノにある神社のことで、別名、願いが叶う神社と呼ばれている。願い事が叶うといわれているこの神社は、“江ノ七不思議”の一つに数えられていて、最近小学校でも爆発的に流行っているものだった。ルミも何度かその神社に行き、お願いをしに行ったことがある。マミはしたことはないが、それでも名前は知っている。マミの周りにも、ルミと同じようにお願いをしに行ったという友人は聞かない。マミが通う中学校ではあまり流行っていないことが原因の一つだろうが、そもそも、思春期ど真ん中である中学生の間では、迷信の類を信じている方が稀だろう。
「うん、その江ノ神社」
「何でそんなところに?」「それは、まぁ、いろいろあったんだよ」
「ねがいがかなうってほんと?」
「勿論、本当さ」女性の言葉にルミが目を輝かせた。
「ぜひ、何かあればお願いしてみることをおススメするよ」
その時にはぜひお賽銭をお願いね。そう言って女性は、愉快そうに笑う。マミには冗談ばかりを言う彼女が理解できない。しかし、ファンタジーの類を、純粋に面白いと感じる子供心を、大人である彼女の方が分かっている奇妙さも相まってか、マミは更に彼女に興味が湧いた。少し身を乗り出し、彼女を見つめる。気づいた彼女はニコニコと手を振った。それにお辞儀で返すマミの対応を見て、女性はマミの警戒心が薄れているのを感じた。
他に聞くことはないかと考えているマミの隣で、ピーと音を立ててお湯が沸いた。慌ててスイッチを切り、お湯をティーポットに注ぐ。あたりに充満する緑茶の渋みと甘みに、マミは思わず笑顔した。
「江ノ神社で外を見ていたら、お姉ちゃんが走っていくのが見えてさ。微笑ましいな、なんて見ていたら、今度は下見て何か思いつめた顔して元来た道を歩いていくんだもの。何かあったな、って考えるのが普通でしょ?」
見られていたのか。マミは恥ずかしくなって、顔をそむける。女性は笑って続けた。
「何かあった中学生が通った道の塀に、明らかに不自然な鍵が置いてあるし。これはそうかなって思って跡をついていったら……ビンゴ! 間違っていたらただの不審者だったし、助かったよ」
合っていた彼女もなかなか不審者だったとマミは呆れながら、女性の前にお茶を置いた。女性はありがとうと一言言ったのち、緑茶を啜る。女性の口に久しぶりの苦みが広がった。
「これで三つの答えとしては十分でしょ? 私はそろそろ行くよ、同居人に怒られてしまうし」
「どうきょにん?」
ルミは折り紙の輪っかを作っていた手を止め、首をかしげる。
「そう、一緒に住んでいる人のことだよ。君たちも一度は会っているんじゃないかな?」
奇妙なことを言われ、マミとルミは首をかしげる。二人とも一度会っている、などあまり当てはまる人物は少ない。学校の先生とか? マミはそう仮定した。
「その人のご職業とかは?」
マミのもっともな疑問に、女性は一瞬考えた。同居人である彼はあまり人前に出たがらない。彼女たちに職業を明かしてしまえば、もれなく怒られることは明白だ。
「まぁ、内緒ってことで」
女性は自身の保身を選んだ。そして飲み切れていなかった緑茶を最後まで飲むと、席を立つ。
「また、ご縁があれば会おうね」
女性の言うご縁は、すぐ訪れるのだが、この時はマミも彼女も知る由もなかった。




