第一節
”000 076 113”とディスプレイに表示されている。その下にファイルのようなアイコンがあるのを見るに、その数字は何かのデータなのだろうか。そしてそれをディスプレイ越しから見守る男がいた。逆光で顔をはっきりと示すことは出来ないが、その瞳は、鋭く冷たい光を帯びる。スーツのような服を着ているのがかろうじて見えるくらいだろうか。どこか真面目な印象も受ける。
彼はその表示されたデータをじっくりと読みだした。
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江ノへの引越しが決まったのは一ヶ月前だった。父の仕事の転勤地が江ノに決まってすぐ、妹主催の断捨離大会が始まったのは記憶に新しい。
断捨離というより、物を捨てることを快感としている変わった妹を持ってしまったと憂う気持ちも半分、新しい家具を選ぶワクワク感半分という心持ちで大会に参加したのだが、いかんせん妹の捨てたい欲をいかに制御するかに精神面を削られ、結果的にはちゃんと断捨離できたから良かったものの、大惨事一歩手前まで来ていた。
つまり私たちは引越し準備に手間をかけてしまったため、新しい住処がある江ノについて何も知らなかったのである。
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駅の改札出てすぐにかけてある“ようこそ、江ノへ”という弾幕を尻目に江ノに向かったは良いが、どこに江ノの市役所があるのか全くもってわからない。駅の周辺を父と妹と三人で回っているうちに、江ノに似つかわしくない近代的な高層ビルが建っていた。建物には、株式会社政府安全維持支援機構と書かれているだけで、後は何も書かれてはいない。
父が少し話をしてくると言って、入っていったと思えば、すぐにここが市役所らしい、と建物の外で待機していた私と妹に呼びかけてきた。ここが? 嘘つけ。内心そんな気持ちだったが、父が嘘を言うわけもない。仕方なくキャリーケースと妹の手を持って建物に向かった。
中は外見に似つかわしい近代的なタッチパネルやライトで装飾されていた。受付の女性といくつか確認ごとを済ませた父は、私と妹に向かって「これから身体検査があるらしいから男と女で分かれて行くけど大丈夫?」と呼びかけたが、私にとってそれは意味のわからないものだった。
なんで村に入るだけなのに身体検査? ここは日本じゃないのか? よく分からないが頷かなければ江ノへは入れないのだろうし、父に迷惑をかけるわけにもいかないので、とりあえず頷いた。すると、係りの女性がこちらです、と父と私たちを違う室内へ案内した。
連れてこられた一室は病院に酷似しており、中には白衣を着た人がいた。手をこすり、眼鏡をかけたその人物は独断何か特徴のある顔をしていない。特徴のない顔、というのが特徴なのかもしれないが。
「何か重たい病気などを過去に患ったことは?」
「私も妹もないです。」
「アレルギーがある食べ物は?」
「私はないですが、妹は小麦アレルギーです。」
質問を淡々と返していくと、ある程度聞きたいことが聞けたのか、あるいは江ノへの切符を手に入れたのかは定かではないが、奥の部屋に案内された。言われるがままだったが、次の部屋の様子が異質だと感じ、妹の手を強く握りしめた。
中には映画で見たことがあるような人一人が横になれるようなカプセルが二台と、その隣におかしな機械が設置されていて、後は何もない。時折聞こえる機械音と何かの気体が出てくるような、プシューとなるその擬音が、私の心をますます不安にさせた。
「これはなんです?」
今まで必要なこと以外喋らなかった私に驚いたのか、白衣の男はぎこちなさそうに「これから脳を検査するんですよ」と微笑んだ。脳を検査するといってもスキャンでいいのではないか? わざわざカプセルに閉じ込める意味がどこにある? 思いつく限りの言葉を使いこのカプセルに入ることを拒もうとしたが、妹はアトラクションに乗るかのように真っ先にカプセルに突っ込んでいった。
あの馬鹿、と呆れるがもうこうなってしまってはどうしようもないかとカプセルの中に寝そべる。狭くもなく広くもないそれは中にクッション材が入っていて、思っていたより心地よかった。白衣の男は黙って隣に設置された機械を操作していく。
「これから質問していくことに嘘偽りなく答えてくださいね。えー、まず貴女から」
私は「はい」と呟き、目を瞑った。
「貴女は自分のことが好きですか?」「いいえ。」
「どういうところが好きではないのですか?」「冷たいところ、です」
「じゃあ逆に好きなところはありますか?」「いいえ」
「……貴女は生まれ変わったら何になりたいですか?」
「……妹」
どこかで音がした。目を閉じている私はそれが何なのか分からない。しかし、分からなくてもいい気がした。もうすぐで、そう、もうすぐで眠ってしまえそうだからだ。そのまま抗わず誘われるまま眠りにつく。あぁ眠い。さよなら、世界。
さよなら、私。




