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小悪魔からの手紙  作者: はな夜見
女将は優しく
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第二節

 遠州が案内した”きんかん”は、江ノ東区と南区のちょうど間のような位置だった。仕事帰りのサラリーマンが、帰り道にふらっと寄れそうな場所だ。故に他の居酒屋もたくさんあるのだが、オレンジ色の丸文字で書かれた”きんかん”という看板は、少し異彩を放っていた。他の看板はピンクや黒で飾られているが、それらはいかがわしいことを想像させる。その点、”きんかん”は、そのほのぼのするフォントと色が相まって子供向けの店のようだ。

 ムムは看板を眺め、そして遠州の後ろに立った。


「やっぱ開いてねぇな」

「開店時間はいつなの?」

「大体、七時からが多いが……まぁ、日によるな。早めに開いていたことはほぼない」


 遠州の言葉に頷いたムムは、”きんかん”の扉に手をかけた。「これ、鍵かかってないよ」


「はぁ? また物騒な……性善説だったか? 女将」

「それは些細なことだよ。悪も正義も、扉が開いていれば入りたくなるし」

「変なこと言うな、俺は入らない」

「私は入るよ」ムムは顔色も変えずに言った。「だから、遠州さん、目をつぶってて」


 ムムのいい加減な提案に、遠州は少し考えた。ここで、ムム一人で”きんかん”の中を調べさせてしまったら、面倒くさいことになりかねない。かと言って自分も入ることは、それは自分の美学に反する。どっちに転んだとしても、遠州には良くならないことは分かっていた。だから遠州は被害を最小限に抑えるために、ムムに言った。


「オレは入り口から見てる。……変なことしたら、お前を捕まえてやる」

 遠州の言葉にムムは唇を舐めた。「遠州さんが納得するなら、それでいいよ」

 ムムは扉を開けた。





 中には甘く、さわやかなにおいが充満していた。「芳香剤?」

 ムムは辺りを見渡すが、そんなものがあるようには見えない。店本体が放っている匂いなのかもしれない。店の中にはカウンターと、何脚かの木製の椅子、そして三組くらいの木製の机と椅子が置かれていた。収容人数は十人ぐらいだろうか、そのすべてが酔っぱらいと考えると、女将はさぞ優秀だったのだろう。そんな人数、一人ですら対応したくはないというのに。


 ムムは、今度は壁に目を移した。壁にはうっすらと日焼けした跡が見える。何かが貼ってあったのだろうか? 日焼け跡は四角く、メニュー表かもしれないとムムは結論付けた。しかしメニュー表を毎回変えるほど女将という人物は料理に長けていたのだろうか? ふと気になり、カウンターの奥にある冷蔵庫を見る。開けたいと、ムムは素直に思うが、果たしてそれを遠州は許してくれるだろうか? 悩む時間も惜しいムムは言った。


「遠州さん、冷蔵庫開けたよー」

「ハァ? 事後報告かよ、おい馬鹿!」


 遠州が止めようと飛び出してきた数秒でムムは冷蔵庫を垣間見た。ほぼすべてがお酒で埋まっている。食材の影は一切見えない。そしてすぐに遠州が来て閉めてしまったため、ムムが得られる情報はそこまでとなった。ムムは少し困ったように首をかしげた。「ごめんごめん、やっちゃった」

「冷蔵庫の中なんて、良いわけないだろ。馬鹿。もう終わりだ。行くぞ」

「しょうがないな、分かったよ。見たいものは見れたし」

 ムムは素直に”きんかん”を出た。「見たいもの?」


「レモンさんはあんまり私生活を店に出す性格じゃなさそうだ。だから逆に……家にはその性格を見ることができるものがありそうだなって」

「女将が私生活について、話したことなんて聞いたことないな」

「会ったことも?」「ないな。いつも女将のような格好している女将としか会っていない」


「そりゃ、相手にされてないね遠州さん。残念」

「ほざけ」


「それと、居酒屋の経営者として、レモンさんは優秀だね。間違いないよ」

 ムムの言葉に遠州は頷いた。


「それは一番オレが良く知っている」


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