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小悪魔からの手紙  作者: はな夜見
ビタミン中毒
22/32

第三節

 桔梗シンタロウの家に行く前に、ムムは遠州に向かってふと呟いた。「そういえばここら辺だと思うんだけど」


「なにがだ?」

「ミカンさん、いや間違えた。ユズさんとレモンさんがいた養護施設」


 意外な言葉に遠州は目を見開く。が、すぐに元の顔に戻りムムから目をそらした。「そんなこと今日知った俺に分かるわけねぇだろ」

 ムムはそんな遠州を見てにっこりと笑った。

「私だって、調べたわけじゃない。さっき生成さんが扉を開けた後、言っていたでしょ? 集金ですか? って。江ノで集金してそうなのは、養護施設しかないと思っていたんだけど……あ。やっぱり」


 ムムが言った通り、小さな養護施設が、田んぼと田んぼの間に建てられていた。看板には”ニビ児童養護施設”と書かれている。ずいぶん前からあるようで、その看板は今まで見たどの建物よりも古く、今看板として役目を果たしているのが噓のようであった。擁護施設は大きな堀に囲まれて出来ているが、その堀には寄付募集という案内や、里親になってくれる方募集といったポスターが並べられている。そのポスターも、ボロボロになっているところを見ると、あまり効果がないようだ。


「すみません。警察のものですが」


 遠州が扉を叩きながら、声をかけた。ニビ児童養護施設には呼び鈴らしきものすらないのだ。しばらくして、一人の男が出てきた。ムムと遠州は観察する。五十代後半といったところだろう。優し気なたれ目に少し骨ばった手。ここの責任者のようだ、と考えた二人の予想は当たり、彼は二尾カネツグと名乗った。


「どうされました? 警察の方がこんな辺鄙なところに……」

「少しお尋ねしたいことがありまして……この施設に、ミカン、いやユズとレモンという名前の二人の子供がいたかどうか分かりませんかね?」


 二尾は興味深そうに両眉を動かした。「ユズ、とレモンですか?」


「ご存じですか?」「わが子を知らない親なんていないでしょう?」


 そう前置きをして二尾は続けた。

「ここでは、血は繋がらなくとも家族だということをよく言います。そうやってわが子たちの結束力を高めて、教育しやすくしています。しかし彼女たちは……珍しく本当に家族として、ここにやってきました。両親を事故で失い、親族も早死にしているというのです。ユズ十歳、レモン八歳だったと思います。引き取ることになってから、二人はずっと一緒にいるようになりました。他の子と遊ぶことを決してしなかった……私も戸惑いましてね、どうにかしてあげようと思ったのですが。やはりそこは子供同士。ある一人の子がユズとレモンと仲良くしてくれて。そこからはもう、皆と仲良くなっていきました。え? あぁ。ユズもレモンもいい子でしたよ。問題なんか起こしたことなかったです。ところが、状況が一変することが起きた」


 そういうと二尾は大きく息を吐いた。


「ユズの里親が決まってしまいました。いや、正確には里親というより、仕事ですか。私は詳しくないのですが、なんでもアイドルにならないかとそう誘われたのだと。私は喜びました。娘の独り立ちです。親として後押ししようと、そりゃ、寂しい気持ちもありましたが、それでも笑顔で送り出しました。しかしレモンは違った。急なお姉ちゃんの旅立ちにレモンは来る日も来る日も泣いていました。そして、いつからか心を閉ざすようになってしまった。私からも、家族からも」

 二尾の言葉にムムはレモンの気持ちを考えた。慕っていた姉が急にいなくなり、一人で心を閉ざしたレモン。彼女は寂しさを紛らわそうと動く。「その結果、レモンにはよくない友人ができてしまった」


「よくない友人?」「素行が良くない、と言いましょうか」


 二尾の言葉に遠州は眉をしかめた。二尾は続ける。


「私もわが子から聞いた話なので、詳しくは知りません。ですがレモンが犯罪行為をしようとしていたところを一度、見てしまったのです」

「もしかして、放火ですか?」ムムが尋ねた。

「ええ。どうにかレモンの行為を止めようとしましたが……しかし、私の意見など聞きもしない。そこでユズに相談することにしました。アイドル活動が忙しいとそう言っていたユズの心労を増やしてしまうと、最初は黙っていたのですが、妹が犯罪者になんて、そんなの嫌でしょうからね。それで一度、ユズにここに来てもらいました。どうにかレモンを説得してほしい、とそう私が頼んだのです。しかし」


 よくないこととは、連鎖するものなのだ。二尾は空を仰いだ。


「レモンは何かを感じ取ったのでしょう。家出、をしてしまったのです。あれは。そう、レモンが二十歳になるぐらいの頃でした。誕生日会を予定していたのに、いなくなってしまったのです。残された私たちには無気力感だけが残りました。レモンがどこかで犯罪者として捕まっているかもしれない。そう思うと寝られない日が続きました。しかし十年ほどたってユズから連絡が来たのです。”もう大丈夫”と。レモンを見つけたのか、何なのかは分かりませんでしたが、しかしその言葉を信じました」


 今はどこにいるのだろう。ムムはレモンへと思いをはせた。家出してから誰にも見られていない、その妹は、いったい今どこで何をしているだろうか。姉が白骨死体で発見されたことも、アイドルをしていたことも、知っているのだろうか。


「では、レモンさんがどこにいるかは知らないんですね」

「はい。お恥ずかしい話、この児童養護施設は資金繰りが良くありません。だから我が子は、二十歳を過ぎるとそれぞれ稼ぎに出ていくのです。そしてここにはもう二度と戻ってこない。それが巣立ちであり、別れなのです。だから私は出て行ってしまったわが子がどこで何をしているか、まったく知らないのです」

「レモンさんの写真はありませんか? 捜査の参考にしたいので」


「捜査……? レモンが何か?」


 そういえば。二尾に言われて初めて事情を説明していないことに気付く。どう説明しようか。悩む遠州の横でムムがにっこりと笑った。まずい、遠州は無理やりムムの口を塞ぐ。コイツはまた、馬鹿正直にユズの白骨死体が見つかったとそう言いかねない。注意深くムムを見、それから咳払いをして、言った。


「実は住民票の整理をしているんですが、レモンさんの住民票に書かれた住所に行ってみると、レモンさんはもうとっくの昔に退居したとそう聞いたものですから。一応、と思いまして」





「こちらへ。狭いですが……」


 遠州の言い訳のような理由に納得した二尾は快く施設を案内した。子供たちの姿が見えずに首を傾げたムムに、二尾は言った。「ちょうどお昼寝の時間ですから」


 少し暗い倉庫に案内された二人は、二尾の後をついていく。二尾は鍵を取り出し開ける。そこにはたくさんのアルバムが保管されていた。


「すごい量ですね」

「ここは歴史が古いんです。いつからあるのか……ずいぶん前からあると思います。実は私もここの出身なんですが、そのころからこれだけの量のアルバムがあったと思います。……あぁ、ありましたよこれです」


 二尾はそういうと、アルバムに収められている写真を指さした。そこには笑顔の女の子と、その後ろで下を向く女の子が写っていた。「笑顔なのがユズ、その後ろにいるのがレモンです」


「懐かしいですね。これは初めてここに来た時の写真ですよ」

 まじまじと見るムムと遠州に二尾は苦笑しながら言った。「他にもないか、見てみましょう」

 遠州はレモンの顔をどこかで見たような感じがした。しかし、どこで見たのかまでは思い出せない。


「仲よさそうだね」「あぁ、かなりな」


 アルバムをパラパラとめくると、ユズとレモンが写った他の写真もちらほら出てくる。ユズとレモンは、もう一人女の子と一緒に、つまり三人で写っていることが多いが、この子が先ほど二尾の話にも出てきたユズとレモンと仲良くしてくれた子なのだろう。三人仲良くおもちゃを手に持ち、幸せそうな笑顔を向けている。レモンが、幸せそうにろうそくが二本刺さったケーキを持っている写真もある。またある写真ではユズを真ん中にレモン、その子、二尾とケーキを取り囲む写真もある。ろうそくが十一本刺さっているのを見るにユズの十一歳の時の誕生日の時の写真だろうか。勿論他の子の誕生日の写真もある。どの写真も言えることだが、幸せがいっぱいであるということだろう。


「こちらのアルバムはユズがいなくなってからのものです」

 そう言われてムムと遠州はもう一つのアルバムを見る。確かにそこにはユズは写っていない。レモンが幸せそうに微笑む写真もない。どこか暗い表情のレモンの顔にムムは胸が苦しくなるのを感じた。


「笑顔の写真は、一枚もないんですね」「……はい」

 二尾は苦々しく微笑んだ。「私では力不足でした」


 倉庫から出ると、先ほどまでは一人もいなかった子供たちがたくさんの輪を成して広場で遊んでいた。広場と言ってもそれほど大きくないその空間には棚やら本やらが積まれている。二尾の趣味だろうか? 悪魔や天使などの絵画もある。広場にいる子供たちは皆、年齢も顔もバラバラで、二尾が言った通り、ユズとレモンのような本物の家族がここに来ることは珍しかったのだろう。


 子供たちは見たことのないムムと遠州を興味深く見つめた。驚くもの、喜ぶもの、警戒するもの、それぞれがそれぞれの反応を示すが、二人の元に来ようとする子供は一人もいなかった。


「こちら、警察の方だよ」

 警察、と聞いた途端、子供たちはそろって首を傾げた。どうやらムムと遠州を新しい里親と勘違いをしていたようだった。「お父さんを逮捕しに来たの?」


「違うよ、少し調査してもらっただけさ。ですよね、遠州さん」

「え、えぇ、まぁ」「なぁんだ。それなら安心だね。お父さんが逮捕されたら困っちゃう」

 子供たちは、口にもごもごと何かを詰めながら話す。「何食べてるの?」

「クッキーだよ。お父さんが昼寝の間に作ってくれてるの。あんまり好きじゃないけど」「こら」


 年長者なのだろうか、一人背の高い男の子がムムの瞳を見つめて聞く。


「なんの調査?」

「君たちには関係ないから安心していいよ」ムムは笑った。突き放すような言い方でもあった。

「それより、君たちは毎日お昼寝するの? 何歳になっても?」

「昼寝って言うか……まぁ、歳は関係なく、してるよ。自室でやりたいことやってる兄弟がほとんどだと思うけど。勿論寝てる奴もいる」


「ふぅん。私もそんなルールがある家に住みたいね」ムムが言うと、少年の一人が不快そうに嘆いた。

「オレはあんまり納得できないけどな。昼寝の時間も、それから夜も。寝るときは鍵をかけられて、決して出れないんだぜ? 過去に夜逃げ出して悪さをした姉貴がいたせいで、さ」


「……それって、もしかしてレモンさんのことですか?」

「はい。レモン以降は、そう言ったことがないように、そういうルールを設けています。鍵の開閉は施設で一番最年長の姉と兄の役割ですが、まぁ、彼らがそんなことをしないと信じているからできることですね。逆に幼いわが子たちは好奇心旺盛なので、毎日が戦争ですよ」


「なるほど。じゃあ私たちはそろそろお暇しますよ。戦争に巻き込まれるのは嫌なんでね」

 ムムの冗談に二尾は苦笑した。





「レモンについてどう思う?」

「さぁ。小さい頃から大人っぽい顔つきだな、ってくらいしか感想はないね」

そう言ってからムムは付け足した。「ま、レモンさんの場合は表情で時系列が分かりやすかったよ」


「オレは見覚えがあった」「レモンさんの顔に?」


 遠州は頷いた。嘘はなかった。しかし、もやもやとした白い何かが頭の一部を覆い隠すのだ。「だが、どこでなのかは思い出せん」

「ゆっくりでいいだろうね」

 ムムは言った。「これからの捜査の後でも間に合うだろう?」

「そうだな」


 間に合わないこともあると知っている遠州は、自分の不甲斐なさに空を仰いだ。


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