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小悪魔からの手紙  作者: はな夜見
埋められた小悪魔
16/32

第四節

「えっ! ほんと?」

「うん私もめっちゃびっくりした」


 ミカはユウから貰った"その人、蘇芳ホテルに連れて行ってくれるらしいから、やっぱり待ち合わせはそこで"という連絡で、有頂天だった。ユウは知らないだろうが、ミカやその他の他人の評価に敏感な女子大生にとって、蘇芳ホテルで食事ができるというのは、もはや人間国宝と変わりがないほど名誉なことなのだ。

 最初は面倒くさいと思ってたけど、断らなくて良かった。ミカは隣にいた驚くサキの顔を見てそう思う。



 そもそもサキが蘇芳ホテルの価値を知っているとは驚きだ。なぜならミカはサキと趣味も好みも、ましてや性格も異なっていたからである。


 流行り物が好きなミカに対し、サキは二次元をこよなく愛した。サキの話はよく分からないものばかりで、聞いていて退屈だ。それでもサキには二年付き合ってる彼氏がいるんだから、世の中って本当によく分からない。ミカはサキに劣るところなど何一つないと思っていた。

 ところがサキは元バイト仲間の歳上男性と付き合い出したのだ。最初こそ喜ばしかったその報告も、自分の恋愛がうまくいかないことと比例して、妬みに変わった。


 大体サキのどこがいいのだろう? 自慢じゃないが、サキに負けているところなど見当たらない。顔も、体型も、それからセンスだって、どこも私が優勢だ。


「でもどんな人なんだろうね?」 

「お金持ちなのは確かだけどね」

「ミカちゃんは可愛いから、いつか玉の輿とかいけちゃうんじゃない?」


 ユウの話では、会いたがっている相手は女性らしい。しかしそれを先に言う必要はないとミカは思った。こういうのは異性の方がステータスになり得るのだ。


「友達の紹介だし、あんまり期待してないけどね」

「そっかぁ、明日写真とか見せてね」「うん、撮れたら」


 ミカは目を細めた。撮らない人間がどこにいんのよと言いたい気持ちをグッと堪え、笑ってサキに別れを告げる。こういうのは謙虚であるように見せなければならないのだ。事実と別にして。



 それにしても、とミカはユウへと考えを巡らせる。一体蘇芳ホテルで食事ができる女をユウはどうやって捕まえたのだろう? ユウはサキほど酷くもないが、しかし良いかと聞かれれば返答に困ってしまう。本当に普通なのだ。普通に、自分の心の穴を埋めたがっている。


 ユウと出会ったキッカケは出会いを求める人が集まるサイトだった。顔写真からしか選んだことのないミカは、ユウのプロフィールに書かれた自分と同じ大学名に惹かれたのだ。そんな人、一度も見たことがなかったから。


 どの学科? どうしてこのサイトを使ってる? 色々と気になってミカの方から連絡を取った。話していくうちに、ミカは知った。ユウは自分によく似ていると。異性といることでしか、自分をまともだと思えない。異性の友達がいないなんてもってのほか。自分に価値を見出したい。認めてあげたい。自分はヒエラルキーの上位だと。


 そうやって何度か会ううちに、ユウとミカは友達になった。恋人ではなく、友達。しかしミカにとっては、変え難い存在になった。勿論、友達止まりの話ではあるが。


「返信こないけどもう行っても大丈夫なの?」

 誰にも聞こえない小さな声で、ミカは呟いた。


 いつもなら返信が早いはずのユウからは返信が来ない。約束の時間まであと少し。蘇芳ホテルまで来たミカは少し怖くなってお手洗いの鏡で自身の姿を改めて確認した。少し巻いた髪に、いつもより沢山多めに乗せたラメ。爪の色はベージュで、ビジューが付いている。髪も、爪も、男の友人から無料でしてもらっているものだ。勿論、値段的には無料だが、ミカは自身の身体を彼らに差し出している。


 ウィンウィンだと、そう思わなければやってられない。手に持つブランドバッグは唯一無二のもの。両親から大学合格祝いにねだりにねだって買って貰ったものだ。今では少し流行からズレているが、しかし、ブランド物はこれしかないのだからしょうがない。新しいブランド物など、一般的な大学生に買えるはずもない。


「……なるようになりますように」


 男相手なら、女という武器を最大限に活かせばいい。しかし、女相手は? ミカは経験したことがない。だからこそ、ミカはかつてないほど緊張していた。





「……貴女がミカさん?」


 入り口で立っているミカに、そう話しかけてきたのは赤茶色っぽい髪色の女性だった。ミカはその女性のセンスのなさにうんざりする。その年齢ならもう少し着飾ることを覚えたらいいのに。

 この女性が、まさか。ミカは戸惑いながら首を傾げた。


「は、はい。えっと……」

「ユウから聞いてない? 初めまして。赤下ムムです。探偵をしています」


 探偵。その言葉は有頂天だったミカの気分を最底辺まで突き落とした。どういうこと? 動揺を隠せないミカを無視するように、ムムは声を掛ける。


「早く行こうか。念願の、蘇芳ホテルなんでしょ?」「え、いや、でも……」

「悪いようにはしないよ。話が聞きたいだけだから」


 動揺するミカを無視するように、ムムは蘇芳ホテルのフロントに話しかける。胸に黒田と書かれた名刺を掲げた年配の男。七十前後だろうか? 白髪と皺がいい感じに古風な印象を思わせる。


「私。また、使わせてもらうよ」

「かしこまりました。個室でよろしいでしょうか」

「黒田さんは気が効くね。じゃあそれで」「かしこまりました」


 顔パスと呼ばれるものを駆使し、探偵を名乗ったムムは奥へと進む。ムムは実は探偵としてミカと関わる気はなかった。どちらかといえば警戒されない方が本心を聞き取りやすいのだが、しかし、ムムは必要ないと結論付けてしまった。その理由はいろいろあったが、一番の理由はユウのケータイを覗いたときに知った、ミカという人物への同情だった。


 言葉にできない虚しさを埋められない少女。


 どうにかしようと自身が持っている女というレッテルを使って、自分の価値を底上げしようとしてもうまくいかずに、今の自分にうんざりしている。ムム自身、ミカの気持ちがわからない訳ではなかった。誰かに認められないと自分を肯定できないところなどは、多分、同じだ。しかし、誰かという不特定多数なムムに対し、ミカは異性という特定少数にしか効果がないようだった。ムムはそんなミカに同情にも似た何かを抱いた。


 要するに理解したのだ。ミカという人物を。だからこそ、ムムは自身を偽らずに曝け出した。探偵という職業も、おしゃれなど一ミリも興味がない自分も。



 そうする方が良いと、思ったのだ。



「ミカちゃんは、大学生なんでしょ? 大変よね、学生とそういうことの両立は」

 ムムはミカの返事もないままに続けた。「でも、まぁ、いいんじゃない? 貴女が後悔しないのなら、それで」


「何の話、ですか?」


 ミカは心の中でユウに助けを求めた。しかしユウは今頃喫茶店の机に突っ伏している。心の中とはいえ返事をすることはない。席に着き、お互いがお互いを見る。やはり、センスがないとミカは改めてムムを評価した。


「ミカちゃんは大学生。ユウとの会話を見る限り、週四で飲みに行ってる。それならバイトなんて出来ても週ニ、月三万ってところ? 服装を見た感じ、そんな風には見えないよね。親から貰ってる? いやいや、ミカちゃんのその、自己肯定の低さで、親との仲が良好なのだろうか? 可能性はあるね、ふむ。ではそう仮定するとして、じゃあどうして手に持つそのバッグは流行り物じゃないんだろう? 親が沢山くれると言うなら、勿論、バッグも残さずくれてもいいだろうに。バッグは服より高いから買ってもらいづらいのか? いやいや、爪や髪の手入れを、少なくとも月一で出来るミカちゃんが、それに限って、怠るわけないよね?」


「それ、どういう意味?」

「ネイリスト、美容師。それらの技術がある者は男が多いみたいだね。それはもちろん江ノも例外じゃない。そう、男。ミカちゃんの得意分野だ」


「……うざっ」


「まだもう少し仮面は被ってた方がいいと思うけど? 見たでしょ? 私はミカちゃんの羨む蘇芳ホテルを顔パスで入ることができる。コネ作りって大事だと思うよ」


 ミカはぐっと唾を飲み込んだ。目の前にいる女には、どう足掻いても見透かされてしまう。その恐怖が彼女の喉を渇かせる。ムムは少し息を吐いて、それからにこりとした。もう勝者は決まっていた。


「私はただ知りたいんだよ。ミカちゃんのプラットフォームを」


 深く、青に染まった扉を叩く音がした。扉が開き、先程黒田と呼ばれた老紳士が入ってくる。手にはミカが求めていたお洒落な料理を持っているが、しかし今のミカにはそんなものはどうでもよかった。目の前の女性は言った。ミカちゃんのプラットフォームが知りたい、と。では、プラットフォームとはなんなのか。ミカには見当もつかない。運ばれてくる料理とカトラリーを満足そうに眺めながらムムは言った。


「昨日、江ノ墓地で白骨化した死体が発見された。その遺体はどうやら複数の人間から支援されていたらしい、というのが私の見立てでね。そんな出会いの場が江ノにはあるのかなって。是非プロの意見を聞きたい」

「プロって私のこと?」「それ以外誰がいる?」


 ミカは出されたお冷を一口飲んで喉を潤してから、口を開いた。


「そもそもその人の顔によるんじゃない? 顔が良ければ適当にその辺歩いてても男の一人二人三人、引っ掛けられるでしょ」

「こういう顔だったらしいよ」


 ムムは自身のアウターのポケットから遠州から借りた、実際は盗んだという方が適当だが、ユズの住民表の写真を差し出した。


「はぁ? これ、えっ? ミカンさんじゃない!」


「ミカンさん?」

「昔すっごく人気だった地元アイドル! 知らないの?」

「興味ないから」

「……ま、メディア展開してなかったし、江ノのあちこちでライブしてるだけだったから知らないのもしょうがないかもね。ちょうど私が中学生くらいの頃、だったかな? 突然引退しますって言って、姿を消したの。当時はすごく騒がれてた。結婚したとか、離婚したとか、中には犯罪者と駆け落ちしたとかって噂もあったくらい。お父さんもお母さんもずっと応援してたらしいから、私の名前も彼女から取って"ミカ"ってわけ。私の年代ではあまり名前を聞かなかったけど、私は憧れてたなぁ、彼女に」


「ちなみにお父さんたち、いくつ?」

「今四十歳とか」

「若いね」

「そう。自慢だった。中学生の頃とか、特に。でも、今の私と同じくらいの年齢でお母さんが私を産んだって考えたら、なんか、虚しい。計画性のない出産、っていうの? 望まれないみたいで」


「昔は昔だよ」


 ムムはしっかりとした口調で言う。「今は違う」

「そうかもね。別に今大事にされてないわけじゃないし」

 ミカの言葉に、ムムは頷いた。


「でもミカンさんぐらい有名な人なら、支援してくれる男の十人や二十人、余裕じゃない? ファンクラブ、とかあったらしいし」「どの程度の規模?」

「百人はいた。間違いなく」

「それって今でも分かったりする?」


 ムムの言葉にちょっと下を向いて、ミカは首を傾げた。その行為はおそらく、男のために考え尽くされたものなのだろうとムムは勝手に想像した。実際は無意識から出たものだったのだが。

 ミカの頭の中では、過去に父と母がミカンへの声援を必死に行っていた記憶が蘇っていた。ミカはそんな両親を見て、そして学んだのだ。この世は顔や愛嬌だと。それが正しいかどうかはミカが今でもその信念を貫いているあたり、間違ってはいないのだろう。


「ネットでそういう集まりがありそうな気がするけど。調べてみてよ、そういうの得意でしょ?」

「それが苦手なんだよね、実は」

「え? じゃあどうしてんの? そういう、仕事の捜査とか」

「足でやることが多いね」


「しんじらんない」


 ミカは顔を顰め、自身のケータイを取り出した。目の前にいる古典的な探偵に一握りの優しさを見せたのだ。"アイドル ミカン"と打てば、すぐに出てくるサジェスト、"オワコン"。ミカはモヤっとした心地がした。しかし、すぐに思い直す。美しさとは命が短いものなのだからしょうがないと。ファンクラブというサジェストを選択し、検索。どうやらファンクラブは数年前に終わってしまったらしい。嘆く記事をスワイプしながら、ミカは気になるブログを見つけた。


「なんか、過激な人いたんだね。ブログのタイトルが"ミカン命"なの、ヤバ」

「へぇ、気になる。見せてよ」「これ」


 ミカが差し出したケータイには、なるほど。オレンジ色の背景に、白い文字でミカン命と題打ったブログらしきホームページがあった。最新投稿日はもう一年以上前のようだ。ホームページを遡るムムにミカは呟く。


「あんなに人気でも、忘れられちゃうもんなんだね」

「君が忘れなきゃいいだけさ」

「そういうもん?」「多分ね」


 ホームページにはアイドルであるミカンがどれほど素晴らしいかということ以外あまり内容がない。自分のブログであるはずなのに、自分のことを語りたがらないとは、それほどミカンにぞっこんだったのだろう。ムムは自身のケータイにそのホームページに書かれた気になる点をいくつかメモしていく。


 ミカンのファンは、ミカンが初めてライブをした江ノ公園を聖地としていること、ミカンの性格は小悪魔的であること、ミカンにはスキャンダルがないこと、ミカンの好みの男性は筋肉質であること、ミカンのテーマカラーがオレンジであること、ミカンのファンクラブの総数は右肩上がりだったこと、ミカンのファンクラブの総称が"ビタミン中毒"であること、そして、ミカが言っていた、かつてないほど人気であったことも合わせて。


「さぁ、もう充分だ。早く食べよう。せっかくの料理が冷めてしまう」


 ムムの言葉でミカは初めて気づいた。あれだけ望んでいたはずの蘇芳ホテルでのランチを前に、感情が動かされていない。勿論料理が悪いわけではない。変わったのはミカだった。ムムと話すうちに、昔好きだったアイドルに起こった事件の方に心が動かされている。ミカは自身の心の変化に驚いた。


「ここの料理はいつ食べても美味しいね」

「そんなに来てんの?」

「うん」「なんで?」


 当たり前の疑問にムムはカトラリーを置いた。どう言えばいいのか、考えて、そしてありきたりな言葉で締めた。



「昔色々あってね」

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