第89話 普通が壊れる・・・
目の前で何が起こっているのか理解しきれていない鈴音に対し、腕を受け止められたオークの方は彼のことを覚えていたようです。
「貴様・・・ この前はよくも殺しかけてくれたな!!!」
「殺しかけた、俺がか?」
フィフスは憶えの無いことを言われ、冷や汗をかいて困惑しましたが、すぐに思い返しました。
『ああ・・・ そういやこの前の戦闘、牛若の奴が死角から矢を撃ってきてたなぁ・・・ もしやコイツ、見た感じからそれを俺が放ったと勘違いしてるのか。
・・・てことは、コイツはあのヘンテコオークに間違いないようだな。』
この間ずっと腕を押されていた彼に、押さえ込まれている方のオークは神経が苛立ち、引っ張れない腕を自由にするために、もう一方の腕でフィフスに殴りかかりました。
「退きやがれ!! 」
するとフィフスは剣でそれを受け止め、ガラ空きになっていた腹を左足で蹴ると同時に手を離して壁まで吹き飛ばしました。その隙に彼は後ろにいた鈴音に聞きます。
「大丈夫か? お嬢さん・・・」
そのとき、フィフスは初めてここに鈴音がいることに気付きました。
「すず・・・ね?」
「も、もしかして・・・ 小馬ッチ?」
『急いで入って表札を見てなかったが、ここコイツの家だったのか。』
彼女の方も顔を見たことで赤鬼がフィフスだと気付いたようです。しかし今の彼女はそんなことより両親の事を優先し、フィフスも倒れていた男女に目が行きました。
「あれは・・・ まさかお前の家族か!?」
「変な化け物が・・・ パパとママを・・・」
フィフスは再度重傷で倒れている彼女の両親を見て思いました。
『ここまでやるのか・・・ 流石に度が過ぎてんぞ。』
「ケッ・・・ 予想外の乱入だな。ベルリズムはお預けにするか・・・」
そうはさせないとフィフスがオークに近づきます。しかしオークは大きな口から煙を出し、部屋全体をそれで包みました。
「クッ・・・」
「ケホッ! ケホッ!・・・」
フィフスは室内だったこともあって、土蜘蛛の時のように魔石で疾風術を使い、風で吹き飛ばすというわけにはいきません。そうこうしている間に煙は晴れ、そこにオークの姿は消えていました。
「逃がすか!」
フィフスが床に手を触れると、そこに小さな赤い魔法陣が発生し、それが大きくなって、その上からユニーが出て来ました。一緒にいた瓜もついてきます。
「悪いユニー、外に逃げたオークを追ってくれ。」
ユニーは一度周りを見て状況を察し、一度コクリと頷いて大きくなり、外へと走って行きました。
突然連れて来られた瓜は白目を向きながらキョロキョロしています。
「こ、ここは、これは一体・・・」
「今はそんなことを言う余裕は無い。怪我の手当をするから少しじっとしてろ。」
「怪我の手当?」
瓜は周りを見て、何が起こっているのかを目を開いて感じました。フィフスはすぐにまた信に連絡をします。
「ドクター、何度も悪い。俺のスマホの位置情報から部隊を送ってくれ。怪我人が増えた。」
そこからフィフスは混乱している鈴音から片言ながら包帯や薬の場所を聞きつけ、それを使ってすぐに応急処置を施し始めました。
「パパ・・・ ママ・・・ なんで・・・」
「日正さん・・・」
「瓜、突っ立ってないで手伝え! 手順は教えてやる。」
「ハ、ハイ!!」
瓜は指示されて動き出し、フィフスと共に処置をします。しかしそれが終わっても、二人とも打ち所が悪かったのか、しばらく時間がたっても気を失ったまま目を覚ましません。
「あ・・・ あぁ・・・」
その頃のユニー。今は誰も背中に乗っていないので、本領発揮をして逃げていったオークとの距離を詰めていきます。
「な、何だあの魔獣!? 足速すぎだろ!!」
予想外のことに驚きながら、オークは必死に逃げますが、スピードの差は明らかでした。しかしユニーがあと少しでオークに追い付くといったところでした。
シュン!!・・・
ユニーは上空から自分に降ってくる何かに気付き、すぐにバックステップしました。すると彼の前方に細く鋭い槍のような物が刺さりました。
それをかわした彼はどこから攻撃が来たのかと周囲を見ながら再びオークを追おうとしますが、それを防ぐかのように周囲に霧が発生します。ユニーはこれにより警戒すると、殺気の槍が斜め上から飛んできました。それをユニーが回避すると同時に意外と範囲の小さかった霧から出ると、その先にオークの姿はありませんでした。
ユニーが一杯食わされたことに悔しそうな顔をしました。
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そこから少しした後日正家の前にエンジン音が響き、すぐに大型の車が止まりました。魔人の事を隠す為か、その車は救急車のようなランプを持たず、サイレンも鳴ってはいませんでした。
そこから車の扉が開き、乗っていた救急隊員達が担架を持って降り、それを使って彼女の両親は車に乗せられ、フィフス達も、彼女の状況的にこのまま放っておくわけにはいかないと判断し、立ったまま固まってしまっていた鈴音も引っ張るような形で車に乗せました。
『これは大分来てやがるな・・・ 壊れなきゃいいんだが・・・』
フィフスは恐怖の表情からピクリとも変わらない鈴音の顔を見てそんなことを思いながら、信が事前に要請した病院へと向かって行くことになりました。
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そこから大型車が目的地に着くと、すぐに鈴音の両親は集中治療室に運ばれていきました。その後、処置は上手くいき、幸い一命は取り留めましたが、二人は昏睡状態のままでした。
鈴音は、通常の病室にて、包帯に巻かれた姿で眠り続けている自分の親を、呆然とみることしか出来ませんでした。
そこにフィフスから事情を聞いた信が駆けつけ、病室の扉の付近で彼と話をしています。
「ありがとよ。早速あんたと組んで良かったと思ってる。」
「この程度お安いご用さ。ただ・・・」
信は両親をじっと見て動かない鈴音に目が行きます。
「彼女の方は、そう簡単にはいかないだろうね・・・」
「しかたなえよ・・・ あればっかりは自分で乗り越えるしか無い・・・」
二人は鈴音にどう声をかけるべきか分からず、沈黙した重い空気が流れました。その空気を変えるためにか、フィフスは信にこんなことを言います。
「それとドクター・・・」
「ッン?」
「ちょっと調べて欲しいことがある。」
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病院から離れた建物の屋上。そこからカオスが一人、フィフスを見張っていました。
「オークの奴派手にやってるな~・・・ ま、暴れるのが取り柄だから仕方ないか。」
そのまま彼は目線を鈴音の方に向けました。すると、彼女を見た途端にカオスの表情が変わりました。
「オッと!・・・ これは思わぬ収穫だ。彼女に会いに行かないとね・・・」
カオスは仮面越しでも分かる不敵な笑みを浮かべ、そこから姿を消しました。
<魔王国気まぐれ情報屋>
フィフスやグレシア、ルーズ達一門は、師匠のもとで怪我人の手当はもちろん、サバイバル技術や縄抜けにいたるまで、戦闘以外のあらゆる面でも教授をうけています。
これは師匠の生き残ることを第一にした考えから来ています。なので教えの中には、時には逃げることも含まれています。