第88話 普通な暮らし
その後、ドクターが手配してやって来た救急車に怪我人を預け、そこにこれ以上いても仕方が無いフィフス達は帰ることにしました。しかし冬の時期だったこともあって辺りはスッカリ暗くなってしまいました。
「あ~・・・ 結局魔道書探しは出来ずじまいだったな~・・・ 時間に余裕があればやろうと思ったんだが・・・」
『ですが、時刻的にはまだ五時半ですが・・・』
「昨日の疲れも取りきっていないんだ・・・ 無理は止めといた方が良い。師匠が言ってた。日常は力八割で過ごせってな。」
『久々に聞きました、師匠・・・』
しばらくそうして家に向かって歩いていると、ふとフィフスが足を止めました。
『どうしました、フィフスさん?』
瓜が彼に聞いてみると、フィフスは表情を暗くします。
「瓜、ユニー連れて先に帰ってろ。」
「? どうして・・・」
「・・・ どうやら現れたようだな。」
フィフスはそういとこと呟くと、次の瞬間、瞬間移動を使って瓜の前から姿を消しました。
『・・・ 距離制限はどうしたんでしょうか?』
すると、彼女の右肩に乗っかっていたユニーが鼻息を出しながら自慢げにしています。
『・・・ まさか!』
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その少し前の時間の鈴音。丁度彼女の父が家に帰ってきました。
「ただいま~・・・」
「お帰り、パパ!」
鈴音は元気よく出迎えます。父親はそれを喜ばしく受け取り、手を洗ってリビングのソファに座ります。その近くで母親は夕食の支度をしています。
「お疲れ様。」
「いやぁ~・・・ 今日は特に忙しかったよ。」
ネクタイを緩ませ、疲れを癒やそうと父親はリラックスしています。
日正家は、父に母に一人娘の三人家族。端から見れば、それこそは普通といられるような、しかし、異世界での生活に『戦い』を日常の一つにしていたフィフス達にとっては、それこそ『幸せ』と言えるような生活の姿でした。
この日までは・・・
そのすぐ後、家のインターホンが鳴ったことが始まりでした。父親はは疲れていたので、母親が料理の手を一旦止めて、インターホンに向かって行きました。
「ハイ・・・」
「宅配便です!」
「ハーーイ。」
母親はすぐに印鑑を持って玄関に行き、家の扉を開けました。すると配達員の男がふとこう聞いてきました。
「ここが・・・ 『ベルリズム』のお宅ですね?」
「・・・ エッ?」
すると次の瞬間、お配達員の姿が全身黒ずくめになり、体を大きくさせて上半身の服を引きちぎります。そうして配達員がいた所には、頭が一つになったオークが立っていました。
「ヒィッ!! 化け物!!!」
母親は目の前の存在に驚いて恐怖に顔が引きつりながら、すぐに扉を閉めようとしました。しかしその前にオークによって扉の端を掴まれ、根元から引っこ抜かれてしまいました。
「イッ・・・ イヤーーーーーーーーーーーーー!!」
少し後、リビングの扉にノック音が聞こえ、それにネットニュースを見ていた父親が反応しました。
「何だ? どうした?」
扉が開き、母親が入ってきました。
大怪我によって血まみれになった姿で。
「あなた・・・ 鈴音を連れて逃げて・・・」
「!!?」
父親がものの数分で変わり果てた妻を見て怒りと恐怖がこみ上がりました。そこにオークが入り込み、彼女を片手で軽く床に放り投げたのを見て、彼は更に恐怖を感じました。
「ここにはいねえな・・・ 上かぁ・・・?」
オークはその巨体を生かし、一階から上の床を拳で攻撃しようとしました。すると・・・
「止めろぉ!!!」
父親は鈴音に向けられた攻撃を察して、必死になって止めに行きました。そしてオークの腕を掴み、注意をそらせました。
「あん? 何だおっさん。」
「む・・・ 娘に手は出させん!!」
父親は震える手を抑えながら勇気を持ってオークを掴み続けていると、オークはそれを少し目障りに思いました。
「・・・ 邪魔だな。」
そう一言言って、オークのもう一つの拳が彼に向かって行きました。
突如下の階から聞こえて来た音に、自室にいた鈴音も気になっていました。
「何かあったのかな?」
鈴音はドタバタな音に彼女が階段を駆け下りてリビングに向かって行きました。そして何故か扉の開いていたその部屋に入ってみると・・・
「何・・・ これ・・・」
そこには、荒れ果てた部屋に立っている彼女の見たことの無い化け物と、その周りに血まみれになって倒れていた自分の両親がいました。
オークは振り返り、彼女を見ます。
「若い女・・・ お前が『ベルリズム』か?」
「な・・・ なんで・・・ ウチのこと・・・」
オークは嬉しそうに表情を変えました。
「へヘッ・・・ 思っていたよりいい女じゃねえか。大怪我ついでに遊んでやるぜ!!」
オークは舌なめずりをしながら、言葉を切った途端に恐れて動けなくなっている鈴音に躊躇無く襲いかかってきました。
「い、いや・・・」
鈴音はようやく逃げだそうとしましたが、当然間に合う訳がなくオークの巨大な手が至近距離に近付いていました。
彼女が絶望に目を閉じ、もうあと少しで彼女に触れると行ったそのときでした・・・
バシッ!!・・・
「よお・・・ 派手にやってくれてんな・・・ 魔力がダダ漏れですぐ分かったぞ。」
「き、貴様・・・!!」
鈴音が聞き覚えのある声に目を開いてみると、彼女の正面には、片手でオークの手を受け止め、もう一つの手に剣を持った赤鬼がいました。
<魔王国気まぐれ情報屋>
・擬態変化は変化時、及び解除時に魔力の消費をしてしまいます。量的にはあまり多くないのでその後に特に支障はありませんが、フィフスは今回、オークの擬態変化解除の魔力を感知して鈴音の家に行き着きました。