第50話 執事の意地
更に同時刻、国門から少し離れた場所にて面と向かっているルーズと魚人。お互いに構えは取りながらもながらも、先手を撃てずに一触即発の状況が続いていました。
実はこの二人、お互いに攻めを主体とした戦い方を主に使っていたため、動けないでいたのです。
『さて、そろそろこの均衡状態をどうにかしたいですが・・・』
しかしそう思うルーズに対して、魚人は何かを狙っているのか、その顔は笑っていました。そして彼女はどういうことか戦闘態勢を解き、こんなことを言い出しました。
「ねえ、アンタってあの『獄炎鬼』の何なの? 家臣にしてはフラットな格好してるわね。」
「僕は執事ですが、それが何か?」
「へぇ~・・・ 良いご身分じゃん。アタシと違って・・・」
「?」
ルーズは少し彼女の言うことの意味を考えようとしましたが、そんなことをする間に相手からのパンチが来ます。しかし彼はそれを見事に捌き、また距離を取りました。
「チッ、話で気をそらせばいけると思ったのに・・・」
「ご安心を、話は聞いていますので続きをどうぞ。」
その台詞に魚人は腹が立ったが、気持ちを落ち着かせてこんなことを言い出しました。
「フフッ、良いわね。あなた、こっち側に着かない? アンタがいればよりアイツを倒しやすくなるわ。」
魚人の斜め上を行く質問にルーズは一瞬戸惑いましたが、すぐに反対の意を示しました。
「お断りします。あの方は僕がいないとどう暴走するのか分かったものではないので。」
「ならばこそよ。あなたは、この腐った今の魔王国に満足しているの?」
『分かりやすい過激派ですか。』
ルーズはなんとなく悟りました。この魔人が勇者に協力したのは、今の魔王国の政策に反対しているからなのだろうと。なのでその質問には正直に応えます。
「自分は、特に可も無く不可も無くです。」
「そう、なら・・・」
「ですが・・・」
またルーズを勧誘しようとする魚人でしたが、その前に彼が言ったことでそれは遮られてしまいました。
「私の知る方に一人、その政策がなければ救われない人がいましてね。なので・・・
・・・ それを潰されると、困りますね。」
ルーズはそう言いながらなんとなく笑ってみせました。
それにカチンときた魚人は、不機嫌な顔をしながら言い出します。
「・・・あっそ。じゃあ仕方ないわね。こっちに来てくれたら楽だったんだけど・・・」
安い勧誘が無理だと思った魚人は、さっきまでとは違う構えを取りました。どうやら術を出すつもりのようです。
「<水流術 水砲>」
そして彼女は先程の技をまた放ってきました。しかしこれもルーズは軽々と回避しました。しかしそこは左右が木に挟まれ、後ろに下がると回避が間に合わなかったため彼は上空に飛んでいましたが、これがあだになりなした。
『かかった。』
相手の大きくニヤけた不気味な表情にルーズは
『しまった・・・』
と思いましたが、その頃にはもう次の攻撃が来ました。しかしルーズは焦ることなく、正面に飛んできた水砲をさっきも使った風渦壁で防いでみせました。
しかし、それでも彼女の調子は変わりません。その理由はすぐに分かりました。
「これで終わりよ。 <水流術 夕立>」
すると、さっき捌かれて宙に散っていた水滴の一つ一つが、銃弾のように勢いを増して彼に襲いかかってきたのです。
「!!?」
ルーズは自分が捌いた水しぶきを全て抑えることは難しく、かなりの数を食らってしまいました。
「クッ!!」
そのままルーズは受け身を取れずに落下してしまいます。ドシッと重い音を立てて地面に着いた彼は怪我をした体で立ち上がりました。
「・・・」
「へ~、今ので立てたのは驚きだわ。でもダメージを受けてるようね。」
魚人がルーズを見ると、確かに彼は体中に傷を負い、息を荒げていました。
「・・・」
「無理はしない方が良いわ。大丈夫、アンタの主もすぐに後を追ってくれるわ。」
魚人は今までとは違いグーの右手で口を押さえながら水砲を放ちます。すると右手に当たった水流がそこで分散し、また水滴が宙を舞う状態が出来た。おそらく彼女はさっきの夕立を撃つつもりのようでした。
ルーズはそれに身構えます。そこに魚人はこんなことを言い出します。
「ま、このアタシに対してここまで耐えたのは褒めて上げるわ。じゃあ・・・」
そしてついに魚人は口元に近づけていた右手を人差し指と中指を立ててルーズに指し、夕立を発生させました。
「死にな!!」
そして発射された雫がルーズに向かって一直線に飛んでいきました。
「は~・・・ 仕方ないですね・・・」
ドンッ!!!
ついに攻撃が彼に激突し、一瞬周りが見えなくなりました。
「アハハハハ!! たわいもないわ。さて、じゃあ次はおめあてに・・・」
早速フィフスもところへ向かって行く魚人でしたが・・・
「勝ったと思うにはまだ早いですよ・・・」
「!?」
煙からルーズの声が聞こえてきた事に魚人は動かしていた足を止めました。
『ま、まさか・・・』
その予感は見事に当たりました。煙が晴れると、そこには両腕の姿が獣のように変わったルーズが立っていました。
「昼間にやると疲れるので嫌だったんですが・・・ まあすぐ終わらせれば良いでしょう。」
見慣れないものに魚人は思わず聞きました。
「な、何なのよ・・・ アンタ・・・」
ルーズは首をコキコキと鳴らしてさっきまでとは違う色をした瞳で魚人を見ながら言いました。
「・・・ 人狼ですが、何か?」
その事を聞いて魚人は驚いていました。
「じ、人狼ですって? ちょっと待って、人狼って、あまりの凶暴性に手を焼いた魔人達が滅ぼしたんじゃなかったの!?」
ルーズは彼女に言われたことにカチンときました。
「その事だけは・・・ 言わないで欲しかったですね・・・」
ルーズはその獣のような瞳で魚人を睨み付けます。
『な、何・・・ こいつ、さっきまでと雰囲気が・・・』
魚人は彼から送られる一種の圧に完全に潰されかけていました。そして・・・
「行きます。」
彼がそう言った次の瞬間、そこから彼の姿は消え、魚人は自分の体に切り刻まれた痛みが走ってきました。実際そのとき、彼女の全身から多数の切り傷が出来、そこから出血をしていました。
「ガハッ!!? ・・・」
唐突なことに彼女は何が起こっていたのか分からなかったが、気絶しかけの状態で後ろを見ると、しゃがみ込んでいるルーズがいます。
『い、今の一瞬で・・・ こんなに?』
「戦士を気取るなら、力を過信しないことをお勧めしますよ。」
どこかドスのきいた声になったルーズがそう言い、そしてまたそこから消えました。
「ま、まさか・・・」
そこからは一方的なワンサイドゲームが始まりました。しかしそれすらもあっという間に終わり・・・
シュン!!
速さで姿が消えていたルーズはそこでまたしゃがみ込みました。
「ま、それが分かってももう遅いですけどね。」
次の瞬間、完全に白目を向いていた魚人の体は、うっすらと線が見えて体がバラバラに崩れてしまいました。一戦終わったルーズは変化を解き、手に付いた血を払います。
「う~む、思っていたより付いてますね・・・ 後で手を洗っておきましょう。」
ルーズはもの応じることもなく、その場を後にしてフィフスの方へ向かって行きました。
<魔王国気まぐれ情報屋>
<部分獣装>
ルーズ達『人狼』の特有能力。自身の体を腕、脚、鼻などの部分ごとに分けてオオカミに変化させる。普通の変化とは違う点として、使用中に術者の瞳が獣と同じものになり、多少凶暴性が増します。
人狼は夜に本来の力を出す種族なので、昼間にこの術を使うと魔力消費が多くなってしまう弱点があります。
<移動速度>
ルーズは自身の主であるフィフスの瞬間移動に追い付くために、疾風術を応用して戦闘時の自身の速度を上げています。流石にフィフスほどではありませんが、それでも大抵の敵を翻弄できます。
今回魔王城から国門への移動に時間がかからなかったのも、ルーズがこれを使用し、更に全員にこれを付与したからです。