第295話 飛縁魔
その日のデートの尾行。昨日と同じく二人の楽しそうな様子をただただ見続ける羽目になっていましたが、一つだけ大きな違いがありました。
あれだけ荒れていた静が暴れることがなく、大人しくしていたのです。この事態にフィフスは自分が叱ったこととはいえ、唐突に変化したことに気味が悪く感じてつい聞いてしまいます。
「どうしたんだ? 昨日はあれだけぶちギレてたってのに・・・」
その問いかけに、彼女は細々とした声で返事をします。
「その方が・・・ 若様のためになるので・・・」
「あ?」
意外なことを言い出す静の方に三人が視線を向けると、彼女は少し高かけを上げて笑顔を作りました。
「若様の幸せが・・・ 私の幸せなので・・・」
「静さん・・・」
「メイドちゃん・・・」
彼女の新庄に親身になる二人。しかしフィフスだけは冷静に
「いや、ならストーカー行為をするなよ・・・」
と的確なツッコミを入れました。そうして時間が過ぎていき、経義とキコは人の少ない場所に流れ着き、四人もそれぞれ別々の場所に隠れてその様子を見ていました。
「わざわざここまでするかよ・・・ 何が若様のためだ・・・」
既にやる気などほとんどないながらも一応の監視をするフィフス。彼がため息をついた頃、キコが経義に話しかけて彼女の足を止めました。
「あのっ!!」
「ッン!?・・・」
経義が振り返ると、彼女は頬を赤らめ、モジモジと手元を動かしています。何か重要なことを話し出しそうな雰囲気です。
「経義君・・・ その・・・」
随分と改まった姿勢でものを言おうとするキコ。少し時間が流がれ、覗いている方がじらされた思いになる。ついに彼女は口を開いた。
「経義君! 私の!!・・・」
『オッ!?』
「私の・・・
・・・食料になって。」
「「「「はっ?」」」」
覗きをしていた四人が一斉に声を揃えると、次の瞬間フィフスは自身の後ろに突然気配を感じた。
「ッン!?」
彼がそれに振り返ると、いつの間にかそこにいた小太りの青年が一目散に襲いかかってきたのです。
「ガアァ!!」
「ナッ!!」
フィフスはどうにかそれをよけて青年を取り押さえますが、それによって経義の前に姿を現してしまいました。
「しまっ!!・・・」
「やっぱりついてきてたのね。」
「あ?」
フィフスは自分の姿を見たキコの台詞があらかじめ知っているものだったのです。フィフスは取り押さえながらも目を細めて睨み付けます。
「最初から気付いてたのか?」
するとキコはさっきまでのあざとい様子から打って変わってフィフスを見下すように前に出ます。それに対し経義は動こうとしません。
「ええ、他の女の子達もね。」
キコが話す途中、フィフスの後ろから足音がゾロゾロと聞こえて来ました。別れて隠れていた瓜達が、全員襲撃に捕まっていたのです。
「ご、ゴー君・・・ すみません・・・」
「お前ら! 『一人に至ってはすぐに脱出できるだろ・・・』」
わざと捕まっているであろうサード以外を心配しながらも、人質に取られては下手に動くことは出来ず、膠着してしまいました。
「せっかくよ。一緒に来て貰おうかしら。」
よからぬ事を考えていそうな顔でキコがそう言うと、男達に監視されながら一行はその場から移動していくことになりました。
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人のいない廃墟にまで連れられた一行。フィフス達は複数人の男達に手足を縄で縛られて拘束され、別の男を四つん這いの態勢にし、それにキコは座って足を組み、動けない彼等を見下していました。
「フフフ・・・ 惨めな光景ね。」
経義とのデートの時とは全くキャラの違うキコ。フィフスが彼女を下から睨み付けると、彼女は鼻で笑って馬鹿にします。
「そんなに睨んだって何も変わらないわよ。でも、この状況で冷静をかもっていることについては、素直に褒めてあげるわ。」
「お前、何者だ?」
フィフスの問いかけに、キコは体で答えることにします。
彼女が瞳を光らせると、足下から発生した風が男ごと渦状に体を包んでいき、それが晴れると、男の上には吸血鬼のような鋭い二本の牙を生やし、少し黒めの肌をした妖艶な魔人の姿がありました。
キコはその場で脚を組み直し、口を開きます。
「フフッ、驚いた? この通り、私は人間じゃないの。飛縁魔って知ってる? それとも単純に吸血鬼って言った方がはやいかしら?」
「吸血鬼!? てことは・・・」
「この場の全員、私のご飯ってわけ。にしてもこの男人気者なのね。ちょっと恋人っぽくしてみたら、こんなに大量に釣れるなんてね。」
女子二人が自分の血が吸われることに怯えだし、キコもより動揺させようとわざと音を立てて舌なめずりをする。それに彼女達はより震えながらも、静は大きく声を出しました。
「若様! どうしてしまったんですか!? 目の前に魔人がいるのに!!・・・」
しかし彼女の声にも経義は届いていないようで、キコの後ろで棒立ちしたままです。そうして落胆する静にキコは鼻で笑ってきます。
「無駄よ。この男は既に催眠済み。私には逆らえないわ。」
「そんなことありません! 若様に限ってそんなこと!!」
「良く吠える女ね。いいわ、アンタから食ってあげる。それもこうやってね。」
キコは右腕を肘から上げて指を前に向けて曲げた合図を出すと、立ち止まっていた経義が前に動き出しました。その先は、彼に必死で呼びかけていた静です。
「若様?」
目元を暗くし無言のままゆらゆらと歩く経義。もがくフィフスを男が抑えて動けない中、縛られたままの静を彼は掴み上げました。
「若・・・ 様・・・」
「ハハッ! いいわねえ! 大好きなご主人様に襲われるのは・・・」
そこで経義はポケットからマグナフォンを銃の状態にして取り出し、彼女の顔に突き付けます。
「そんな・・・」
これから起こることに恐怖し、思わず目を閉じてしまう静。しかしキコは彼の動きに首を傾げています。
「ん? 何で銃なんて・・・」
と、彼女が意味深なことを言った次の瞬間・・・
バンッ!!・・・
一発の銃声が響き、沈黙が流れます。キコすら一切笑い声を出さない。
それもそのはずです。何故なら撃たれたレーザーは、彼女の左頬をかすっていったのです。
「これは・・・」
「三文芝居は終わりだ。」
「ッン!?」
キコは驚きます。目の前には、こちらを睨みながら銃口を向ける経義の姿がありました。
<魔王国気まぐれ情報屋>
・拉致用の車も複数台準備済み。
フィフス『ここまでされて何で気付かなかったんだろう・・・ 自分が情けなくなる・・・』
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