第294話 若様の幸せ
その日の夜。一時解散して自宅に戻っていたフィフスと瓜。彼女が湯飲みで入れた緑茶を飲みながら二人でようやく一息ついています。
「フゥ~・・・」
「ハァ~・・・」
「・・・疲れたな。」
「ですね・・・」
二人は体の中に溜まっていたガスを発散するように大きなため息をこぼし、テーブルに用意しておいた茶菓子をつまみながら夕方のことを思い返します。
「にしても、あのボンボンがああもハッキリ攻めるとはなぁ~・・・」
「ですね・・・」
「ですねって・・・ お前さっきからそればっかだな。」
フィフスの返しに瓜は渇いた笑いをしてしまいます。
「エヘヘ・・・ なんだか疲れちゃったみたいで・・・」
「そうか? まあ静の暴走を止めるのにえらく体力を使っちまったからな。これが明日も続くと思うと今から不安だ・・・」
「もしかしたら、今日以上かも・・・」
「言うな。」
フィフスが話を切って左手に湯飲みを持ち、またお茶をすすります。瓜はその手首を見てふと思いッたことを口にしました。
「ゴー君、今日はブレスレット付けてないんですね。」
「ウグッ・・・」
彼女としては軽い言葉としていったつもりのこの台詞。しかしフィフスの方は心臓にチクリと針を刺されたような思いになり、湯飲みを口元から離して引きつった笑いを浮かべながら嘘をつきます。
「あ、あぁ・・・ それなら今回部屋に置いたまま忘れちまってよ。」
ありきたりな誤魔化し。しかし素直な彼女はこれですぐに信じてしまいます。だからこその説教がフィフスにされますが・・・
「もう、もしかしてそれで不幸が来たんじゃないですか? ちゃんと持ってないと・・・」
「そもそもあれを引き受けたのはお前だろ。」
「そ、それは・・・ すみません・・・」
話の路線を戻すことで誤魔化すことに成功したフィフスは、あさっての方向に視線を向けて静のことを思い浮かべます。
「ホント・・・ あれを受けると、あの変態メイドの情緒はどうなってんだか・・・」
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そして心配されているメイドがいる牛若家の屋敷。帰路についた経義に、彼女は無言で紅茶を注いだカップをトレイに乗せて運んで渡しました。目線にそれが入った彼は軽く礼を言います。
「ああ、ありがとう。」
「はい・・・」
大好きな相手からのお礼も、今の彼女にはあまり嬉しくありません。そそくさと家事をした後、彼女はふと経義に遠回しに聞いてみました。
「あの・・・」
「ん? なんだ?」
「若様、明日は・・・ その、ご飯はどうしましょうか?」
「明日? 昼頃には出かけて帰るのは遅くなる予定だから、朝食以外はいい。」
「予定・・・ ちなみに・・・ どんな?・・・」
静が少しでも情報を聞き出そうとへりくだりながら問いかけますが、経義からは冷たい返答で会話を切られてしまいます。
「お前には関係無い。」
「関係無い・・・ ですか・・・」
静はこれに両手に持ったトレイを強く握り締め、視線を下に向けたまま部屋を出て行ってしまいました。
廊下を無言のまま早足で進む中、逆に経義のいる部屋に向かっていた弁とすれ違い、声をかけられます。
「おや静。随分急いでいるそうだがどうかしたか?」
呼びかけを受けてた静は、弁に小さな声で呟きました。
「若様の幸せが・・・ 一番ですよね・・・」
「はい?」
そこから彼女は会釈をすることもなくその場から端って離れていき、弁はいつもとは違う彼女の様子に違和感を感じ、過ぎ去る背中を見て思うところがありました。
「・・・」
経義の方も、手に持っているさっき静に入れて貰った紅茶を物不思議そうに見ています。そこに部屋に入ってきた弁が話しかけ、彼は振り向かずにつなげます。
「静が、また何か粗相でもしましたか?」
「いや、特にない。それがどうかしたか?」
「いいえ、ないのならばそれでいいです。」
すると経義はカップを受け皿に置き、今度は弁の方に顔を向けて確認を取りました。
「明日、掃除しておいてくれよ。すぐにホコリが溜まってしまうんでな。」
「かしこまりました。」
弁は主人の指示に軽く頭を下げ、その主人は紅茶を飲みきってからすれ違い様に愚痴をこぼして部屋を出て行きました。
「シズに言っとけ。次はもっとましな紅茶を出せってな。」
「はい・・・」
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そして屋敷内の空気が濁りきったまま迎えた翌日。特に挨拶をすることもなく出ていった経義。彼がキコの待ち合わせ場所に到着すると、またしてもそれを離れた所から見ている四人組がいました。
どうやら昨日の別れ際に今日の待ち合わせ場所を言っていたようで、フィフス達も再び招集されてしまったようです。
「今日も張り込むのか・・・」
「当たり前です! 例え若様が本気だったとしても、私はメイドとして、あの女が牛若家にふさわしいか見定める義務がありますから!!」
「とか言って、ホントは割り込む気満々なんじゃないの~?」
「下世話です、サードさん・・・」
「それは俺達全員そうだろ。」
自分達の現状を再認識させられて表情を暗くする三人。すると視線の先にキコが待ち合わせの時間より少し遅れて到着しました。
「ごめんなさい! 朝の用事が思ったより遅れちゃって・・・」
少しあざとさのあるキコの態度に、経義はフィフス達の時とは違って一切怒ることもなく優しい声で許します。
「別にいい。君が来てくれただけで嬉しいさ。」
ぞわぞわ!!・・・
普段の物言いとはあまりに違うギャップにフィフスと瓜は身震いしてしまいます。
「な、何でしょうこの感覚!?」
「アイツなんかキャラ変わってねえか?」
開始早々何処かおかしな部分を感じつつ、四人はまた経義とキコのデートを追いかけていきました。
「いい、
<魔王国気まぐれ情報屋>
・静のストーカー行為に突っ込みを入れているフィフスですが、本編序盤に瓜にストーカー行為をしていたことがある。
気になった人は第十話を読んでみてください。
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