第290話 若様観察日記
鶴島 静
若様観察日記
・三月一日
今日も若様は常に気高く勇ましい。あのオークの騒動以来、何処か肩の荷が下りたように見え、使用人としてホッとする気持ちである。
しかしこの日、弁さんが過労で倒れてしまった。あの人の分も、私が若様のために頑張らなければならない。
・三月二日
景気づけにと若様にいつもより少し高い紅茶を入れ持っていく。
その後、扉のふすまにつまずいて若様の頭部に紅茶をこぼす。反省
・三月三日
二日前に若様がトレーニングで使ったいた服を影ながらチェックした。
健康的な汗のにおいを感じ取り、若様の努力を実感する。
・三月四日
前回のリベンジ。ドクターからいただいた高級紅茶を若様に・・・
テーブルの脚につまずいてこぼし、若様の頭にこぼしてしまう。砂糖を多めに入れていたため前回より被害は甚大。
・三月五日
昨日紅茶をこぼしてしまった若様の衣服の匂いをチェック。
若様の私に対する苛立ちを感じ取った。
・三月六日
若様の洗濯前の複数枚の服の匂いを・・・
部屋のふすまにつまずいて転倒。若様の頭から汚れたシャワーの雨を・・・
ボォーーーーー・・・
読むのが嫌になってきたフィフスは日記が下から小さな炎で焼かれ始めます。
「ギャーーーーーーーー!!! 何やってるんですか五郎さん!!」
それを見ていた私服の静は慌てて右人差し指から炎を出しているフィフスを止めました。
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女優の護衛の終え、花の新作撮影も終えた次の週末の町田家リビング。焼けかけた日記をテーブルの中心に置き、フィフスと瓜が並んで座り、その向かい側に静がものを頼みたそうにしています。
「おわかりいただけたでしょうか・・・」
「何をだよ。いきなりこんなもん見せられてどう反応したらいいのこれ? ただただ俺達と読者の時間が無駄に過ぎただけだぞ。」
「こんなもんじゃありません! 私の若様への想いを綴った観察日記です!!」
「想いっつうか重いだろこれ? 今んとこ主人にお茶ぶっかけたことと変態行為しか書いてねえぞ。良くこれで使用人クビになってないなお前。」
「他に屋敷が火事になりかけたり、若様ととある魔人との三日三晩の死闘なんかもありましたけど、特に日記に書くほどの重要事項でもなかったので・・・」
「明らかに逆だろ!! 何でそっちを書かない!?」
すると静の表情が突然暗くなりました。
「しょうがないじゃないですか。私達が何をどうやったって、出番がなければ意味無いんですから・・・」
そのまま文句を続けながら静は音が響くほど強く頭をテーブルに叩きつけ、滝のような涙を流し出しました。
「せっかく○○ドラマでも源の義経が活躍して人気を上げるのに丁度良い機会だと思っていたのに!! その活躍している間には三人揃って一切出番がありませんでしたし!!!」
「仕方ないだろ。あの時は俺と瓜が船の上でゴタゴタしてたんだからよ。話的にも重要だったからお前らのことは二の次になったんだ。 (※クルーズ篇より)」
「だったらせめて回想だけでも・・・」
「あの流れからどうやってお前らをからませんだよ! 作者だってあれでも結構頑張ったんだぞ!!」
「二人とも! 色々マズいので落ち着いてください!!」
ヒートアップしてマズいことを話し出す二人は瓜が仲裁を入れたことでどうにか収まり、再び面と向かって話し出します。
「それで? そんな気色の悪い本を見せてきた理由は何だ?」
「・・・その日記の最後の方を読んでください。」
「なら最初からそう言えよ。」
フィフスは正直内容に引いてあまり広げたくなかったので、代わりに瓜が日記の最近のページを広げ、彼がそれを音読します。
「どれどれ・・・ いつも通り若様を後ろから見守っていると、あの人はいつもとは違う道を進んでいき、その先にあった一件の店に入っていった。秘密の任務かと思った私は若様の勇士を見ようとこっそりついていった。
その店の看板を見た私は驚愕し、声を失って固まってしまった。」
「これのことですか?」
静は首を小さく縦に振り、持ってきていたポシェットのファスナーを開き、その中から一枚の小さいチラシを取り出して、二人に見せました。
「店の看板を見ただけで固まるってどんなんだよ。」
フィフスは小言を呟き、瓜と共にテーブルの上に置かれたチラシに目を向けます。するとそこに書かれていた内容を見た瓜が目を丸くし、どう表したらいいのか分からないような困った顔をします。
「どうした瓜? これの何処にそんなに驚く?」
フィフスの方は書いている事の意味を理解し切れていないようです。瓜は驚きでその声が届いていなかったようで、油の切れたブリキ人形のように顔を上げながら指示下に確認しました。
「こ、これ・・・ 本当に、牛若さんが一人で行ってたんですか!?」
「は、はい・・・ 恐れながら・・・」
瓜が驚くのも無理はありません。そのチラシは、とあるメイド喫茶の宣伝チラシだったのです。しかし異世界出身な上元々メイドに面識があるフィフスにはよく分かりません。
「なんでそんなに驚くんだよ? アイツだって名家のボンボンなんだろ? 金が無いことを知らないんなら、新しい使用人を雇おうとするのも普通じゃないのか?」
「ご、ゴー君・・・ もしかして、知らないんですか?」
「ん?」
そこで瓜は気恥ずかしそうにしながらもフィフスにメイド喫茶について説明しました。
「あぁ!!? アイツそんなところ行ってんのか!? よっぽど本物のメイドに疲れ切ってんだな・・・」
「そんなわけありません!! 私は常に若様のためを思って動き! 若様のためにいつでも盾になって!!・・・」
「だから重いわ! まさかと思うが、お前がここに来たのって・・・」
フィフスが嫌な予感を感じると、静はおもむろに席を立ち上がり、フィフスの横に移動して床には座を付きました。そして・・・
ドンッ!!・・・
「お願いします!! お二人で若様を元に戻してくださいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「ええぇ・・・」
二人は静の渾身の土下座に困惑した。
平次「なあ、最近俺の存在感が薄くなってきてねえか?」
フィフス「安心しろ、元から薄い。」
平次「あ?・・・」
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