第289話 撮影開始
花は衝撃の連続でショート寸前の頭に、ひときわ強烈な一撃を受けた思いになりました。
「い! いいい、移籍!!?・・・」
一周回ってその衝撃で我に返った花は、信に詰め寄って怒りだしてしまいます。
「ちょっと待ってください!! いくら根須さんが新しい事務所を開けたからって、移籍はちょっと・・・ 第一、私が今いる事務所から離れることは・・・」
「やりたくても出来ないんでしょ? でもそれなら大丈夫。」
信が花の言いたかったことを代弁してからそう言うと、両手を胸辺りにまで挙げて二度ほど拍手をするように叩きました。
信以外の全員が手を叩く前と何も変わっていないと周りを見回すと・・・
「お呼びでしょうか?」
「「「「「「ワオッ!!!」」」」」」
突然さっきまでそこにいなかったはずの弁が現れ、信以外の全員が驚いて声を出しながら身を引いた。
「弁爺さん!?」
「三月の頭以来ですな五郎殿。」
「い、一体どこから!?・・・」
「この爺さんいつの間に来たんだ・・・」
「僕でも感知出来なかったですよ・・・」
「ていうか、何だその格好!?」
見われてみると、弁は今いつもの執事服ではなく、ビルの清掃員のような簡素な服装をしています。しかし弁は四人を言葉を全て笑って誤魔化し、右手に持っている資料をトランプのように広げて花に見せました。
「この通りです。」
「君のいる事務所についてはこの人に調べて貰ったよ。中々に黒々していたみたいだね。」
フィフス達も資料の一部を受け取って読んでみると、出すところに出せば一気に潰せそうなものばかりです。
「こんなもんどうやって・・・」
「私が清掃員として事務所に潜入して探し出しました。一週間しかなかったのでこれだけしか取れませんでしたが・・・」
「これだけ?・・・」
「にしてはえらい量だぞ・・・」
弁自身は謙遜していますが、周りから見る資料の量はちょっとした本になるほどありました。
『というか、ここまで大量に不正がある事務所がよく生き残ってられましたね・・・』
一通り見せてからまた弁が資料を集めると、信が花に飄々としたまま話しかけます。
「ということでして、貴方があの事務所を辞められない理由についてはこれを使うことで解決済み。貴方に対する不正労働もまとめられてます。
これで後は貴方の気持ち次第。貴方が今の事務所を辞めたくないって言うのなら、それは別に構わないけど・・・」
信はあくまで決めるのは花自身だと強調します。花もこれまで務め続けていた事務所に対して全てを嫌がっていたわけではありません。
しかしそれもこれも、全て自分を支えてくれた人の存在があったから。彼女の気持ちはもう決まっていました。
「私は! 根須マネージャーと一緒にいたい!!」
「花!!・・・」
「フフッ・・・ 了解。」
信はわかりきっていた答えを聞いて満足げにします。そして次に事を進めました。
「じゃあ早速、移籍して一発目のお仕事、始めよっか。」
「エッ!?・・・」
花はまたしても唐突に話を進められて困惑すると、フィフスが横を向いて誰かに話しかけるように大声を出しました。
「お前らぁ! 準備できてるかぁ!!」
すると、花がよく覚えている大きな桜の木の下に、隠れていた人が二人出て来てきます。それに伴い彼等は次々にフィフスに返事を言い出します
「遅いわよフィフス! いつまで待たせるわけ!?」
「まっちださ~ん!! こっちは準備大方出来たよ~!!」
「やかましいのがお怒りのようだ。つうことなんで俺らも向かいますか。」
フィフスが先頭、花を中心に女子とルーズがそれを囲み、信と根須が後ろにつきます。到着するとそこには同じ帽子を被った彼等の知り合いがおり、彼等に口々に言葉を吐きます。
「バイト代は出るんでしょうね!?」
「弁、そろそろ戻ってこい。シズが今にも機材を壊しそうだ。」
「た、助けてもらえるとありがたいです・・・」
「グレ姉、これどうやったらいいの?」
「姐さん! ワシのカメラはぁ!?」
「医者の仕事休ませてまでこれさせるかい?」
五人もそこで各々の道具を拾い、フィフスがメガホンを片手に声を張り上げます。
「オラお前ら! 準備はいいか!!?」
彼の呼びかけにスタッフ全員が「オウッ!!」と返事をします。
「それではこれより自主制作ドラマ、『桜の木の下の伝説』撮影開始しま~す!! まずは初演女優の紹介、つい先程所属替えをしました、親指 花さんで~す!!」
拍手が巻き起こり、中心に立たされた現状を理解できていない当の本人。
「そして! 花さんのお相手役はこの方! 今回が演技初挑戦の、園田 密潮さんで~す!!」
「エッ・・・」
花はその名前を聞いて困惑から一変して豆鉄砲でも受けたような顔になります。そして呼ばれたとおり、園田 密潮がどこかよそよそしくしながら花に姿を見せました。
「密潮・・・ 君?・・・」
相手も久しぶりに会う交尾とを前に頬を赤らめながら指で軽くかいて声をかけます。
「その・・・ だいぶ久々になっちまったな・・・」
密潮の声を聞いた花は、これまで耐え続けていたものが一気に噴き出すように涙を流し、彼に飛びつきました。
「オワッ!!」
「ずっと!・・・ ずっと会いたかった!!・・・ ごめん!! 私のせいで・・・ 君まで巻き込んで!!・・・」
密潮はそんな彼女の頭を易しく撫で、応えます。
「俺もだ・・・ ずっとお前に会いたかった・・・」
フィフス達は目の前のカップルのイチャつきをそこからしばらくの間見続けることになりましたが、誰も文句を言うことはありませんでした。
そして花の気持ちも収まり、全ての準備は完了しました。いよいよ撮影開始です。
「ハイ! じゃあクライマックスシーン撮影行くよぉ!! 五秒前!! 四ッ!! 三ッ!! ニィ!! 一ッ!!
よーい! アクション!!!」
今回で『親指篇』は終了となります。作者自身この話もここまで長丁場になるとは思っていませんでしたが、無事終わらせることが出来てホッとしています。
次の話では最近全然活躍のなかったキャラクターに出番が来ますので、楽しみにしていてください。
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