第239話 町田家へ
その夜、病人がいなくなったベッドを片付けていた和亀は、作業をしながら少し前のことを思い返しました。
それは、丁度信に電話を貸すように頼まれて二人で病室を離れていたときのことです。そこで電話を終えた信に、和亀は話しかけました。
「ちょっといいかな?」
受話器を置いた信は、少し間を置いて彼の言いたいことを先に答えました。
「もしかして・・・ 瓜君の事かな?」
和亀は信に問い出すように話し出します。
「信が連れてきたあの二人、片方の少年の方は魔人だ。こっちとしても彼の治療方法がわからないことの方が多いし、鬼が人間よりも自然治癒がはやくても何の不思議もないよ・・・
・・・でも彼女、『町田 瓜』さんは違うだろう?」
信は電話をするために和亀に背を向けていた体を反転させ、彼の話に耳を傾けます。
「彼女は人間だ。だけど・・・ いくら若いとはいえ、入院時にあれだけ色んな所から出血して気を失っていたのに、たった数日で目を覚ました挙げ句、撃たれた箇所は傷痕も残っていなかった。
そこでおさわりを装って脈を測っても正常だったし、体温も平熱になっていた。」
「おさわりは下心でやってたよね。」
「彼女の回復力は人間にしては明らかに異常だ。でも彼女は魔人ではないんだろ!?」
「おい、無視すんじゃないぞ。」
和亀は自然な流れで信からの横槍をスルーしつつ、本題の話を続けます。
「彼女は、一体何者なんだい?」
和亀の真剣な目線を信は顔の向きを変えて逸らしました。
「それについては今は余り聞かないでくれ。下手なことを言ったら僕が先輩にしばかれるよ。」
「先輩・・・ ああ、名字からまさかと思ってたけど、あの人の娘か・・・」
「そ・・・ だから、今は詮索は無し。アヒルのこともあって気を使ってくれるのはありがたいけど、彼女の件はそっとしておいてやってくれ。
・・・五郎君のためにも、彼女自身のためにもね。」
信は諭すようにそう言いながら和亀に軽いウインクを飛ばしました。和亀はそれを直視した途端に気分が悪くなったような顔をします。
「男のウインクなんていらないよ、気分が悪くなる・・・ でも分かった。今回は黙っておく。」
「やっぱ君を頼って正解だったよ、亀ちゃん。」
「他に当てがなかったんでしょ・・・ でもまぁ、分かったよ。」
和亀は病室の片付けを終えると、独り言を呟きながらそこから離れていきました。
「あ~あ・・・ もう面倒事に関わるつもりは無かったのになぁ~・・・」
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それからしばらくの間、フィフスと瓜は龍子家でのこもりきりの生活が続きました。変わったことと言うと、瓜がフィフスに声で話しかけるようになったことでした。
「お手伝いします。」
「おう、ありがとな。」
二人は世話になりっぱなしになるのもいけないと思い、二人で家事を分担してこなしていくようになりました。
「二人とも、ありがとう。」
「いえいえ、居候の身ですしせめてものですよ。」
「はい。」
そのとき会話をしたことで、二人はふとアヒルの存在が気になってしまいました。
このところ彼らが料理をしているときも、掃除をしているときも彼女は邪魔にならない程度にしか動くことがなく、それどころか、彼女が一人で外に出かける様子を、一度も見かけることがなかったのです。
おかげで初日の無視を一撃で仕留めた彼女のあの実力からも、二人はどこかピリピリとした生活を送る羽目になりました。
そうして数週間後、信の言った一言によって、やっとフィフスと瓜の膠着していた時間が進み出しました。
「二人とも~! 朗報だよ~!!」
その日わざわざ昼間に帰ってきた信のハイテンションな呼び声に二人が出ると、早速フィフスが小言を言います。
「ハイテンションのいい大人って見てて気持ち悪いな。」
「いきなり盛り下がること言わないでもらえるかな、ちょっと傷つくんだけど・・・」
若干落ち着いた信が「ポンッ・・・」と手を叩いて話を戻しました。
「君達、家に帰れま~す!!」
「「!!?」」
そして二人は手持ちの少なかった元々の荷物に、信から新しく貰ったフィフス用のマグナフォン、しかしどういう訳か、瓜の分も渡されました。
「これは・・・」
「君も船でなくしているだろ? それに、これなら向こうさんに聞かれること無く僕と連絡が取れる。今後のためにも、持っておいた方がいいと思うよ。」
「はい、では・・・」
瓜は言われるままに二つ返事でそのマグナフォンを受け取りました。
「ありがとう、ございます・・・」
信は少しホッとした顔を見せましたが、反対にフィフスは信からの監視が強まったことに少し嫌な顔をしていました。
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そこから二人はまた信が運転する車に乗せて貰い、町田家からは敢えて少し離れた場所にて降ろして貰うことになりました。
「それじゃあここで別れるよ。」
「おう、思いの他長いこと世話になったっす。」
「本当に、ありがとうございました。」
フィフスは言葉で軽く、瓜は深々と頭を下げて信に礼を言います。信は小さな笑顔を浮かべて車を走らせ、そこから去って行きました。
フィフスは後ろを振り返り、手持ちの鞄を背中に当てて瓜に話しかけます。
「さてと・・・ 引きこもっている間に春休みのほとんどが終わっちまった。もったいねえ・・・」
「でも、あそこでの生活も、楽しかったです・・・」
「そうか? 俺は気が気でなかったけどな・・・」
「アハハ・・・」
二人は前を向き、お互いどこか気を引き締めた様子で歩き出しました。
「帰るか。」
「私達の家に。」
今回の話で『クルーズ篇』は終了しました。
そして次回、重大事項を伝える特別編を投稿しようと思います!!
是非楽しみにしてください!!
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