第224話 獣の暴れ方
最早冷え切っていたはずの空気すらも暑くなり、その中心に彼は無言のままに立ち尽くしています。
「・・・」
動き回った余波で船の上はいつの間にか炎が燃え広がっていました。しかしいつもなら機敏に反応しそうなこの状況にも、今のフィフスには一切通じていませんでした。
それどころか、下に落とした渋木の遺体を目にし、おもむろに膝を曲げて態勢を降ろします。
「・・・」
すると彼は、既に動かなくなっている渋木の体に、先程と同様の拳を何度も叩き込み始めたのです。一発で甲板にヒビが入り、かろうじて人の形を保っていた渋木のからだがどんどんグチャグチャになっていきます。
拳に付いた血液も熱ですぐに蒸発しますが、端から見ればこれは完全に狂気の沙汰でした。
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「ア~ア~荒れてる荒れてる。」
「何よあれ!?」
楽しそうにしたままのカオスと驚くセレン。彼はそんな彼女に軽く説明します。
「あれこそが、たった一人で二百人の精鋭部隊を全滅させた生きた伝説、『獄炎鬼』ですよ。」
「でも・・・ あれじゃまるで・・・」
「まさしく獣ですねえ・・・ 今の魔王子君には理性も思考もない。ただ体の内から湧き上がってくる破壊衝動に駆られるままに相手を壊しに行く。
自分で目覚めさせといてなんですが、怖いったらありゃしない。」
ヘラヘラとそう言うカオスの様子に、セレンは彼が本心からそうは思っていないことを察します。ですが彼女はそれ以上に気になったことがありました。
「にしても・・・ どうしてそこまで獄炎鬼に詳しいのよ?」
カオスはピクリと反応した動きを見せてから、静かにその返事をしました。
「そりゃ・・・ 過去に一度見てますから・・・」
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一転変わってどこかも分からない暗がり。彼女はそこでただ呆然とそこを歩いている感覚がありました。
『ここは・・・ どこだろう・・・ 暗い・・・ 何も見えない・・・』
しかし彼女は何の気も無しに歩き続けています。まるで、どこかに運び込まれているかのように自然に足を運んでいました。
そうしてしばらく歩き続けると、目線の先に小さな光が見えました。歩いて進む度にそれは大きくなり、景色がハッキリと見えてきます。
そこには、光の差すところだけに見たこともない花が広がり、それがそよ風に吹かれるように揺れています。その中心には、独りの女性がこちらを見ているようでした。
彼女はその人をよく見て、顔が見える距離にまで近付きました。するとそれを見た彼女はおぼろげにその人のことを呼んでしまいます。
「お母・・・ さん?」
彼女はより後ろから突き動かされ、光の差すところから見てくる女性のところへと運んでいきます。彼女もそれに流されるがままに意識が薄くなっていきます。
「私を・・・ 呼んでる・・・」
そして彼女があと一歩で光の差すところへ足を踏み入れかけたそのとき・・・
パシッ!!・・・
「!!?・・・」
彼女は突然その腕を掴まれ、風に流されていた動きを止められました。何だと彼女が振り返ると、そこにはこがハッキリと見えない自分と同じ背丈の少女が、こちらに必死に声をかけていました。
「行っちゃダメ!!」
「え?・・・」
困惑する彼女に、少女は語りかけ続けます。
「行っちゃダメ!! 止めなきゃ!!」
「止める? 何を・・・」
その瞬間、突然彼女の周囲の景色が真っ白に染まっていきました。何だと振り返ると、さっきまで光の差していたところも同じように染まっていきます。
「!!・・・」
再び顔を戻すと、腕を掴んでいた少女も徐々にその体が消えていっていました。そんな除隊でも、少女は彼女に頼むようにものを言ってきます。
「止めて・・・ アイツを・・・」
その一言を残して少女は消え、次に彼女を強い光が襲いました。
「アッ!!・・・」
思わず瞬きをした彼女が次にその目を開けると、そこにさっきまで見ていたものは何もなく、代わりに夜空の下で、荒々と燃える炎が連なる光景が目に入りました。彼女、町田 瓜は目を覚ましたのです。
「ここって・・・ まさか!!」
瓜はこの光景に見覚えがありました。頭の中によぎったのは、この船に来る数日前に見た変な夢の光景です。
それも、そこで描かれていたことがそのまんまに目の前で起こっていました。
『間違いない・・・ 夢で見たのと同じだ。』
瓜は倒れていた体をゆっくりと起こそうとします。彼女の体は今渋木の銃で撃たれたところから出血しているのが見え、それに体力が削られて上手く立てませんでした。
そこから彼女が炎の先を見ると、夢で見たのと同じように広がった炎の向こうにいる人影が見えました。それも夢の時と違ってその姿がハッキリと見えています。
『あれは・・・ まさか!!』
瓜はその人が誰なのかわかりました。しかし同時に彼女が知っているその人の姿とは何かが違うこともわかりましたが、それでも彼女は彼の名前を叫んでしまいました。
「フィフスさん!!」
名前を呼ばれたからか、フィフスは自分がいなやっていたことを放棄して立ち上がり、後ろを振り返りました。瓜が見たその顔には、目元に血の涙が流れたような跡があります。
『夢の中で見たのは・・・ やっぱり彼だったんだ・・・』
しかしそこにいるのは瓜が知っているフィフスとは違い、顔に怒りの血相が浮かんでいました。瓜は彼と目が合った途端、蛇に睨まれた蛙のように息すら止まって固まってしまいました。
そしてそこから一瞬でフィフスは間合いに近づき、さっき渋木に向けた攻撃を瓜にも向けようとしてきたのです。
彼女は何でなどと思う前にこの場から動かないと死ぬと直感で感じましたが、動けと思っても体が動きません。迫り来る一瞬の拳がゆっくりに見えましたが。
『動かないと!! 動かないと!! 動かないと!!』
しかし頭で分かっていても体は言うことを聞きません。そのまま攻撃を受けるかに思われた瓜でしたが、そこに・・・
シュン!!・・・
丁度二人の間を一発の銃弾が過ぎていきました。フィフスがその銃弾に気を向けた隙に、瓜は何かに後ろから引っ張られて距離を離されました。
「!!・・・」
瓜が引っ張られる方向に顔を向けると、そこには経義の物とも渋木の物とも似ているが違うヘルメットで覆われた頭が見えました。
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