第222話 鬼の目にも血の涙
手に付いた血液を前に、フィフスは一時的に声が喉の中にダマになったように詰まってしまいました。今彼の目の前に広がる光景を見たことで、過去に見たある光景が写真を見せられるようにフラッシュバックしてきたのです。
「あ・・・ あぁ・・・」
自身に向かって飛んでくる無数の攻撃
見る見る間に荒らされ、汚されていく遊び慣れた場所
そして、彼の目の前で血を流して倒れていく一人の女性
彼が瓜の手当をすることもせずに頭が空っぽになったように目線を上げる。その目線の先からは、今の彼にとって二度と聞きたくなかった声が、狂ったように叫び散らしていました。
「違う・・・ 違う! 違う!! 違う!!!」
渋木はそこから今しがた自分がやった事への反省もせず、ただただ自分の言い分を語り出したのです。
「なんでここまでして分かってくれないんだよ!? 俺はこんなにも君を思っているというのに・・・
・・・わざわざこの日のために親のコネを頼って、その上あの男にこの船を用意させたっていうのに・・・ 何故だ!? 何故だ何故だ何故だ何故だ!!? なんでこの俺の優しさを無下にするんだぁ!!!」
彼は二人の方へと歩いて近づいてきます。その足取りからもどこか不気味なものを匂わせていましたが、フィフスはそれが頭に入りませんでした。しかし次の渋木の行動に対して、その固まっていた状態を壊さざる終えなくなってしまいます。
彼は二人の側にまで近付き、自分の銃撃のせいで出血している瓜の体を無理矢理フィフスから引き剥がそうとしてきたのです。
「来い! 君は俺と来るんだ!!」
しかし当然ながら瓜がそれに引っ張られるわけもなく、フィフスが固まっていたこともあってその場から動きません。フィフスは震える声で彼に聞きました。
「お前・・・ お前がこれを・・・」
「化け物にいつまでも同情なんてしているからだ! 最初から俺のところにいれば、こうならずに済んだのに・・・」
渋木はフィフスを瓜から離すために、ショックで抵抗が出来なくなった彼を銃で撃ちました。
バンッ!! バンッ!! バンッ!!
「ガアアアァ!!!・・・」
怯んで手を離したのを見計らって彼女の体を掴み、お姫様抱っこをしました。今も彼女は傷口から出血し続けていましたが、渋木はそれを気にする様子もありません。
彼女の血によってレッドカーペットのように出来ていく道を、渋木は嬉しそうにしながらそのまま彼女を連れ出そうとします。
肉体的にも精神的にも限界を迎えていたフィフスですが、さっきの銃撃のおかげで逆に我に返り、どうにか右腕を伸ばして渋木を止めようとしました。
「ま・・・ て・・・ てめ・・・ ぇ・・・」
途切れ途切れの声。渋木は彼の声が聞こえたのか、首を少しだけ後ろに向け、勝利宣言の変わりのようなフッとしたニヤけ顔を見せてきました。
これにフィフスは彼の本心を何と無く悟り、その瞬間に体中に怒りの熱が駆け巡る感覚に襲われた。どうにか彼を殺してやりたいという思いが彼を突き動かします。
「殺!! してやる!!!・・・」
彼は自身の血を甲板にこすりながら前に進んでいきます。しかしそのとき・・・
シュン!!・・・
ザクッ!!!
「ッン!!?」
彼の最後の必死な思いを踏みにじるように、突然振ってきた何かが、彼の心臓をいともたやすく貫いたのです。
「ガッ!!・・・ ナッ!!?・・・」
『待て・・・ こんなところで・・・ 最後まで・・・ 救えないっていうのかよ・・・ クソッ!! クソッタレガァ!!!
あの野郎・・・ 殺す!! 絶対に・・・ 殺して!!・・・』
心の叫びの大きさと反比例して体は動かなくなり、フィフスはその場で完全に動きを止めてしまいました。
後ろから音が聞こえなくなったことに渋木は疑問を感じ、見てみます。彼が見たのは、大きな赤いトゲによってフィフスが貫かれている姿でした。
「?」
こんなものを用意した憶えが無かった彼がそれを少し気にしていると、その先に一人の人物がいることに気が付きました。
「お前は・・・」
姿を現したのは、もといた部屋に置いてきたはずの倉でした。
「何故ここにいる? お前の役目は部屋に来た奴らへの餌だろう。」
倉は渋木からの質問を聞かず、これだけ言ってすぐに消えてしまいました。
「これで完了ね。」
「?」
渋木は彼女の言っていることが気になっていると、すぐに目を見開くことになりました。
しかし次に渋木が目を懲らしたのは、突然目の前から姿を消せた倉の技法ではなく、トゲを刺されているフィフスの方でした。
「!?・・・」
彼の目の前にいる倒れていたはずのフィフスは、徐々に自分に刺さっていたトゲを吸収し始めていたのです。
「なんだこれは・・・」
あっという間にフィフスの体はトゲを吸収し終わると、あれだけ出血していたはずの彼がフラフラと立ち上がったのです。
「!!・・・ やれやれ・・・ きっちり殺しておかないと諦めが付かないのか・・・」
渋木は弱々しいフィフスにトドメを刺すために、一旦瓜を甲板に寝させ、自身は巨大キャノン砲を完成させ、フィフスに向かって撃ち込もうとします。
「はやいうちに殺しておけば良かったな・・・」
大砲のエネルギーを充填している最中、フィフスの閉じた両目から、同時に一筋の赤い涙が流れました。
体からは今まで以上に熱が上昇し、所々ではプロミネンスのように炎を噴き出しています。
しかしこの変化を黙ってみているほど渋木が寛大な性格なわけがなく、フィフスに向かって巨大レーザーを発射しました。
それは立ったばかりのフィフスに的確に命中してしまいます。光線の中に抵抗することもなく包まれていく彼を見て、渋木は改めて勝利を確信しました。
「フフフフフ・・・ 馬鹿が。よける余力もなかったか・・・」
渋木は正直どこかホッとしたように言葉を出してそこから動き出そうとしました。しかし・・・
しかし光線がやんだその場には、さっきと変わらない様子のフィフスが立っていました。
「ナッ!!?・・・ レーザーは直撃したはず・・・」
渋木の動揺していると、フィフスの体にはまた変化が現れます。目元にはさっき流していた血がそのまま紋章のように顔に刻まれ、肌の色はより赤く、そして禍々しく変わり、二本の角もその大きさを増しました。
極めつけには、彼の周囲を炎そのものが覆い尽くし、触れる物全てを燃やしてしまいそうになっていました。広がった彼の炎は、まるで舞い降りた悪魔の翼のようです。
「な、なんだよあれ・・・」
突然からだが震え出す渋木。彼は今何故自分の体が震えているのか理解していません。それが、目の前の相手に対する恐怖そのものだと言うことを・・・
フィフスがその目を広げると、充血なんてものではないと思えるほど濃い赤に染まっています。そんな彼は、突如夜空に向かって叫び出しました。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!!!」
見物中のカオスはこれに独りウキウキとしていました。
「やった!! あの男、本当にやってくれたよ! さいこうだ! ハハッ!!」
高まる興奮に我に返り、カオスは自分を落ち着かせます。それから、今のフィフスの姿を改めて見て、挨拶でもするかのように軽く一言呟きました。
「お帰り、 『 獄 炎 鬼 』。」
よろしければ、『ブックマーク』、『評価』をよろしくお願いします。