ぐうたら村
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
う〜、試験の結果待ちって、どきどきするなあ。通知の郵送は昨日から始まっているんだけど、地域差があっていつ届くか分からないんだ。
こう、合格とも不合格ともつかない出来だと思っているからさ、余計に気になって、他のことに手がつかないっていうか……。
つぶらやくんもないかい? 早くケリつけたい案件なのに、相手からの出方を待つしかないっていうケース。こんなとき、ひたすらそわそわしちゃって、ひたすらぐうたらするばかりとか……ならない? ならないかなあ。
時間は大切にしないといけない、と多くの人が語る。そしてその考えを振りかざし、怠惰に対する鉄槌を下すことさえしばしばだ。
明かりが今ほど楽に準備できず、日中の時間が大切になる昔なら、なおさらのこと。その使い方も、現代人の僕らには思い及ばない事例がいくつか残っているんだ。
その中から、つぶらやくんの好きそうなものをひとつ、チョイスしてきたんだよ。よかったら聞いてみないかい?
むかしむかし。ある旅人が道に迷って、ひとつの村にたどり着いたんだ。
遠目にも、家々の壁に緑色の苔がはびこっているのが見え、近づいてみると、かやぶきの屋根や柱のところどころにも、穴の開いている箇所が確認できる。いずれの家も、向こうかなりの間、建て替えとは縁遠いようだった。
旅人が不審を覚える点は、それだけじゃない。村に来る前に田畑をいくつか見かけたが、そこで仕事をしている者の姿をほとんど見かけなかったんだ。今日は晴れかつ、日差しがさほど強くない。仕事をするには良い日よりだというのに、土をいじる者の姿が目に映らなかったんだ。
村の柵をくぐっても、それを咎めに来る見張りなどもいない。旅人は近くの家のひさしに取り付けられたゴザをめくり、中をのぞいてみる。
さほど広くない家の中で、「川」の字になって眠る家族の姿があった。
遠目に見たところ、寝転がっている男二人、女一人の合計三人は、少なくとも齢40は下らないように思えた。たまたま子がいない家なのかとも思った旅人だけど、続けて五軒ともが子なし家庭と見ると、少し首をかしげてしまう。
多すぎる子を、口減らしにするというなら、まだ理解できた。それがこの村では、子供の姿が全然見受けられない。
子供は働き手としても重要。まったくいないというのも、それはそれで苦労を伴うし、なにより村の維持につながらない。どこからかもらい子をしてもおかしくないのに、とうとうこの村では子供のいる家は、一軒も存在しなかったんだ。
くわえて、ほとんどの村人が惰眠を貪っている。旅人がようやく会って、対応してくれた村長をのぞけば、ひとり残らず家の中で寝入っていたんだ。
歓待の仕方も妙で、旅人には村のはずれにある小屋があてがわれた。六畳ほどの広さで、寝泊まりをするには問題がなく、村長が食べ物を運び入れてくれたが、その手も彼ひとりだけで運ばれてきた。使用人の影さえ見せなかったんだ。
それから数刻がたち、陽が暮れてなお、村では人が起き出す気配がしない。
小屋からあまり出ないようにと、言いつけられた旅人もいささか不安になってきた。ここまでおとなしくされると、自分を陥れる準備をしているのではとしているのではないかと、びんびんに背中の毛が立ってくるんだ。
そっと小屋を出て、村を見回る。やはり先ほども見た通り、各家では住人が横になっているばかり。怪しい罠や道具の準備などもしていない。
数軒回った後、旅人は村長宅も訪ねる。
村長はひとり暮らしだ。暗い家の中で明かりをつけず、杖をつきながら、家の壁に寄りかかってじっとしている。それでも旅人が玄関まで来ると、その気配を察したのか、そっと顔をあげてこちらを見つめてきた。
旅人はこの村に来て、自分が感じた疑問をぶつける。
どの家にも子供がひとりもいないこと。村人がそろいもそろって、こんこんと眠り続けていること。その理由を問いただしたんだ。
村長はこっくりこっくりうなずいていたが、「いずれも、必要なこと」の一点張り。次にはすぐ「小屋でゆっくりお休みくだされ」と言葉を継ぐ。食い下がっても、頑として教えてくれなかった。
旅人はその晩、眠るまいと思う。小屋に戻ると、自分の荷物および胸の中へ忍ばせた懐剣の手探りを確かめつつ、周囲を改める。火攻めなどの細工がされていないことを見たうえで、地べたへうつ伏せに横たわった。
眠りたいからじゃない。わずかな地面の揺れも、耳で聴きとって反応するためだった。
多少の心得はある。不用心な輩がいれば、すぐに気がつける自信があったんだ。
完全に寝入らないよう、ときおり立ち上がって身体を動かしつつ、旅人は周囲の夜が更けていくままに任せていた。
外の様子もうかがったが、やはり村人たちが動き出す様子はなし。
――いや、なにも人ばかりが相手とは限らぬ。犬などの獣をけしかけてくる可能性も……。
そう考えた矢先、旅人の地面へひっつけた耳が、ある振動をとらえる。
どどん、どどんと、耳の奥まで一緒に弾みかけそうになる、揺れじゃなかった。それなら足の多い獣が土の上を疾駆している。
でもいま聞こえるのは、がさりごそりと耳の穴をほじるかのような音。そして穴の中の毛まで、丹念になでてきそうな耳ざわり。
――長いものが地中を這っておる……それも、この感覚。どんどん、こちらへ這いあがってくる?
旅人の判断は早かった。更に感触が増し、耳だけでなく身体でもわずかな振動が感じ取れるようになるや、自分が旅で使っている杖を持って、柄の部分を一気に地面へ突き立てたんだ。
すりへって先こそ丸くなっているも、元々が細く作られている杖。土が思いのほか柔らかいこともあったか、実に一尺(30センチ)ほどが深々と地中へ飲み込まれた。
同時に、足元が揺れる。思わず膝をついてしまうほど強く、杖をそのまま握っていなければ横倒しにされていてもおかしくなかった。小屋全体も上下に激しくゆさぶられ、かまどに乗せられた鍋のフタが、ぐらりと転げ落ちる。
その時、旅人が見たのは、小屋の格子が入った明り採りの窓の下より飛び出す、巨大な根の姿だったという。
太い根はあっという間に窓を覆い、小屋の内を完全な闇へと落とした。ほどなく、壁からも屋根からもきしみがあがり、細かい土ぼこりがこぼれ始めてくる。
小屋全体がなにか強靭なものに縛られ、締め上げられていた。相手はまず間違いなく、いまもなお窓を覆う、極太の根で間違いない。
戸口へ飛びついたが、びくともしない。杖で力づくにこじ開けてもいいが、もしその先にあるのが根ならば、それの処理も考えねばならなかった。かといって、このままだと小屋そのものが押しつぶされるのも、時間の問題。
やるしかない。旅人が刺さっていた杖を抜き、今度は戸口へ向けて、その凶器になりうる先端を突き立てようとした。
が、杖が刺さろうとする、わずか手前で。
戸口がぱっと消えた。いや、そればかりじゃなく、小屋全体が一瞬にして形を失ったんだ。
変じたものは灰。壁も天井も一気に白い灰となって、わずかに空へ舞い上がった後、どっと自らの真下へ降り落ちた。
落ちる場に差別はない。旅人の上にも遠慮なく降り立ったそれらは、彼の全身を瞬く間に白く染め上げた。
そして彼が立つのは、即座に生まれた灰の山頂。自分の荷物をのぞけば、先ほどまで自分のとどまっていた小屋があった痕跡は、すっかり消え去っていたんだ。
あっけに取られる彼の視界の内で、きらりと光ったものがある。
村長の家の方向だ。いつの間に取り付けられたのか、二階の屋根の部分に赤々と燃える筒のようなものが見られる。
旅人はそのままの足で村長宅へ直行。村長がちょうど筒を地面へ落とす現場へ出くわした。旅人からさほど離れていない場所へ落とされた筒は、赤みを失ってたちまち黒みを帯びていく。
村長は二階から降りてきて旅人の姿を認めると、さほど驚いた様子を見せず尋ねてきた。「お怪我はございませんか?」と。
村長が話してくれたところによると、あの小屋を襲った根らしきものは、ずっと昔からこの地にいるらしい。
詳しい生態は分かっていない。ただ人が住まうよりも、ずっと昔から存在することは確実で、先に旅人が遭ったように、危害を加えてくることもあった。
それに抗する手段が、先ほど村長が行った砲撃だというんだ。
「この弾が変わっていましてな。『時間』を打ち出すものでございます。
人々の多くは怠惰を嫌い、寝て暮らす者などを無為に時を過ごしていると、蔑みがち。
しかし、この村においては意味を持ちまする。何も成さない時間は、裏を返せば何にでも使える時間。それをこうして弾として用いる、ということですな。
一人あたり数十年。それが何十人と集まれば数百年の時が込められまする。そうして作られた時間の弾は、当たったものへたちまち込めた分の時間を与え、滅びの道を辿らせるという寸法ですな。
根も小屋も、一瞬で数百年の時を経て、崩れ落ちてしまった……それがあなたさまの見たものでございます」
「では、眠っていた村の者たちは……?」
旅人の問いに、村長は「じかに見たほうが早い」とばかりに近くの家へ案内してくれる。
昼ごろまで大人三人が眠っていたその家には、少年二人と少女一人が寝息を立てているばかりだったとか。




