1話
地球上のエネルギー問題はほぼ解決した。
隕石のもたらした機械達は、無限のエネルギーを生成できる機構を備えている。
人はそれらからエネルギーを回収して、生活自体は楽になった、と言っても良いのだろう。機械達の侵略を抜きにすれば。
技術方面でも、短期間でありながら世界規模で進みを見せた。無論、そうでなければ機械達に対抗する術はないからだ。奴らは四足歩行だったり、まるで獣のような機械から、無限の弾薬の機銃を持ち、1戦争の弾幕を展開する、動く大要塞のようなモノまで多彩である。人々はそれらを狩る為の便利な道具を積極的に作らねば、生きる事は叶わなかった。
新たな職として、「機械潰し」が目立った。
機械潰しはGランクからSSランクまであり、倒した機械に応じて国から報酬が出る。それと月に1回のボーナス(一般人の給料のようなものと考えてくれてよい)が支給され、ランクに応じてフリーターですらもう少し貰えると思えるGランクの給料から、スポーツ選手もびっくりと言えるほどのSSランクの給料がいただけると言うわけだ。
さて、人類は半分減り、日本も主な都市しか残ってないと言えど、生きている人間はわりかし楽観的かもしれない。生き残り、機械が侵略する以前と同じような日々を続けているのだ。そうするしかないし、機械の事ばかり考えていようが解決にはならない。
有乃 月 (ありの つき)(男)は17歳の高校生でありながらSランクの機械潰しであった。SはSでも特Sと呼ばれる、世界に47人しかいない希少な人材。
日々の高校生活ではその事を隠しながら生きている。
彼は機械と対峙することに刺激を求めていた。が、それは自分でも嫌悪するくらいに異常な事である、と感じたからだ。
「…今日で終わり、今日でこんな事も終わりにしよう」
スリルを求めて命を課すなど馬鹿げている。自分でそう言い聞かせるも、やはりあの刺激には抗えず、危険区域へと夜な夜な足を運んでしまう。
そして、不意に微笑んでしまうほどに楽しくて仕方ないのだ。そんな自分に嫌悪している。やはり異常だ。良くは無いことだ。そう分かってはいても。
彼の獲物はたったの包丁1本だった。家の台所から持ってきたもの。辞めようとずっと思っていたので、武器を揃えようと思った時なんて無かった。服も私服。いつもそうだった。 今日はパーカーと黒いジーンズ。身バレ帽子の為に、狐の面にフードを被っているので、警察に見つかれば職質待ったナシだろう。
技術が進んだお陰で、こんな高校生でも、機械相手ではおもちゃ同然のなまくら包丁でも、7階建てマンションが驚くほどの大きさの相手とも対等に渡り合える。彼が手練だからというのが1番大きな理由ではあるのだろうが。
ツキは今日もそれなりの大きさのライオンのような見た目と対峙していた。ライオンと言っても、顔の周りについているのはバルカン砲とか、脚と思われる部分には金属も軽く引き裂けそうな刃がついているとか、あからさまに全体が金属の装甲で覆われている点は、生きたライオンとの違いだろう。
「ABUlt起動。頼んだぞ」
腕時計のような装置。見た目はまんまにアンティークな腕時計。しかし、これは人類を生存まで導いた強力な兵器である。
ABUltは所有者の精神と直結しており、所有者の望む範囲と持つ戦闘経験値により強力な技を放つ事ができる。現実世界でありながら、とうとう数値によって成長できるシステムを構築することができてしまったのだ。その数値自体を直接弄ることはできないにしても、機械がそうであったのを丸々コピーして人間に落とし込んだ技術者には、戦っている身のツキとしては頭が上がらない。
ABUltは3つまで技を設定でき、A,B,Uと別れている。それぞれの技は一度打つとクールダウン(CD)が発生し、強力な技ほどそれらは顕著に現れる。例えばツキは、Aを連続的な前方向の突きに設定している。突きとは言っても、前方向に最大9mまで高速で直進しながら差し込めるので、突進と言った方が差し支えないだろう。
「でやあああああ!」
ツキの刺しこみはライオンには反応できず、ただ食べ物を切る用途の包丁ですら容易くその顔に深く突き刺さった。ABUltで発動して加護を得た人間は、その身体能力や所有する武具、防具でさえ倍率的に強化を施す。戦って得た経験値分だけ、そのレベルと対応した分だけ、上昇していく。
彼のABUltの特徴として、A,B,Uのどれかを使うと自分の手の甲にマークが付与される。パッシブと呼ばれるもので、ある程度機械を倒し経験値を蓄積させた者に発現される効果だ。このパッシブは人によって異なるもので、マークを発現するのも彼特有のものだ。マーク付与を確認したツキは、そのままBを発動。刺さった包丁の柄を握り込み、そのまま横に回す。見えない真空波を0距離で発すと同時に、そのままライオンの内部に150億ボルトを送り込む。
マークがついている時にABUltのスキルのどれかを使用すると、ツキの体内から莫大な雷を生成し、彼の意思でその雷は操ることができる。これが彼のパッシブである。
機械ライオンはB攻撃の真空波の影響で真っ二つに横に裂けると同時に、あまりにも眩しい光とともに、金属であるにも関わらず、融解して爆散する。包丁には料理用の油を付着させているため、包丁を突きさせてしまえば内部で火を起こし爆発させられる仕組みになっているのだ。
「…Aのクールダウンは6秒、Bは8秒。やはり集団相手だとまだきついか。」
ツキは1対1では強いスキルを設定している。スキルはそれぞれの機械一体一体が異なったものを持っており、先程のライオンも1つは持っていたはずだ。ツキがそれを使わせる前に倒してしまったが、ABUltはそのスキルを機械から奪って、人間に合わせた方法で使うことができるのだ。
「銃を撃たせる間もなかったな。服が破けるとまた縫わないといけなくなるし、運が良かった」
原型を留めない元ライオンに近づいて、青いコアを包丁で探る。見つけると切り離して、もう片方の手で無理やり引き抜く。コアは拳で収まるほどの大きさだが、その瞬きは夜ならまぶしいほどだ。
「…突進攻撃系のスキルか。いらないな。効率を求めるならBもこの手に設定しとくべきか…いや、これも今日で終わりなんだ。」
ABUltはコアを解析し、時計の盤面から切り替わって効果を説明する画面に変身する。
そのまま彼はそのコアを、持ってきた小さな袋に入れてその場を後にする。これを役所に持っていけば、報酬と引き換えてくれる。強い相手であればある程報酬の額もぐんと上がる。このくらの獲物ならば、大体2-3万円ほどだろう。ちなみに余談ではあるが、スキル設定する場合はコアが消えてしまう為、強い相手ほどスキルも強い風潮があるが、そこは考え所でもである。
「明日はもう、本当に来ないぞっ」
そう言いながら彼はABUltを捨てようともしない。まるで煙草をやめるやめると言いながら吸い続ける重症喫煙中毒者のようであった。
すると突如、轟音が響く。壁の内側、つまり街の方からだ(基本的に人の住む場所は大きな壁で守らせている)。
「空からか、地中からか、不味いことになるかもしれない。流石にほっとく訳にもいかんだろうしなあ…」
彼は早足でその場を後にした。人の為にという事なら気兼ねなく動ける。このような時の方が、どことなく身が軽いような気がした。