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サミュエルにダンジョンの四十階層まで連れてこられた私は文字通り血反吐を吐きながら魔物を倒したり、鉱石を取ったりしていた。ヤツ、ちょっとスパルタすぎやしないだろうか?
「自宅へ帰る時間があるなら戦え。レベルを上げろ」とか言われて、三日ほど自宅に帰れていない。悪魔なの?連絡はサミュエルが梟みたいな鳥の魔物を使ってしてくれている。
……赤の家系が錬金術師なように、黒の家系は魔物使いなんだって。
容姿とスキルですぐにバレるんじゃないかとやっと思い至ったものの、既に手遅れ感半端ない。せめて瞳の色を今後変えようと思う。
それにしても私が何のために帰省したと思ってるんだこの男……。
結果、十二歳児、レベル51のヤバい少女が爆誕してしまった。冒険者ランクがCまで上がったと言えば異質さがわかってもらえるだろうか。初心者マークを一年かからないうちに返上することになってしまった。予定外だ。
ちなみに現在確認されている最高レベルはSSSランク冒険者の582です。
「何休んでるの。ほら、スコーピオンだよ」
「ひぃ!?毒は嫌ー!!」
昨日、うっかり刺されて死ぬところだったからか、倒れそうだと思っていた体は驚く程早く動いてくれた。ありがとう生存本能。
それにしてもどうしてこんなに魔物が出てくるの、と必死に体を動かしながら周囲を見渡すと、変なお香が焚かれていた。
「気付いた?誘魔香っていってね、魔物が好む匂いを放つ香だよ」
胸を熱くする何かに、殺意ってこういう感情を言うんだなって学習した。
個人的に禁じ手にしていた爆弾の開発をしようか、なんてうっかり考えはじめた頃、「君が死にそうになりながら頑張ったおかげで材料が集まったよ」とニコニコ笑顔のサミュエルは宣った。
「そ、そっか。やっとか……」
「まぁ、本当は指輪だけの材料なら初日で集まってたんだけど」
「サミュエルお前ぇ!!」
髪の毛くらいなら燃やしてもいいか!?
いいよな!?
いいって誰か言え!!
「でも、ほら。恩を完璧に売って今後の侯爵家を支配するためにはね?」
「侯爵家を支配とか何考えてんの!?」
「そのくらいしなきゃ仕返しになんないでしょ。色の名を持つ魔女がコケにされてるんだよ、巡り巡って俺たちも馬鹿にしてるんだ。皆殺しでもいいくらいなんだけど」
原作アマーリアといい、色の人って過激派なの?
そういえば、攻略でアマーリアが死ぬ第一王子と魔法騎士ルートでこの二人が色の魔法使いだって出るけど、同類同士の諍いでの死はノーカンなんだろうか。
「建国の英雄の子孫って発想が過激なの?」
「多少過激でないと英雄になんかなれるわけないだろ。それに、君の場合は当然の権利を返してもらうだけだ。そこに何の遠慮がいる?」
まぁ、元々女系継承だったって言うしね。
でも貴族なんてやっても未成年だから後ろ盾が云々だとかで関わらせてもらえない可能性が高いし、そもそも家を継ぐにはそれなりのお勉強が必要なもの。
当然ながら、私にはそこら辺の知識はないし、淑女教育すら五歳児で強制終了以降、学園に入るまでやってなかった。平民にそんなもん必要だと思う?思わないでしょ普通。
「ついでだから、そんな奴らが跋扈する国など滅びればいい」
「ねぇサミュエル、君ほんと、ちょっと考え方ぶっ飛びすぎてない?」
何これ超怖い。喧嘩売られたのあくまでサミュエルではないのに超怖い。
とりあえず、祖父から侯爵位は取り上げようということになった。
あくまで「赤の魔女の家系」であるから「赤の指輪」なんてものが必要なのだ。魔女が死んだのならば他の貴族と同じように無能は領地の隅にでも追いやってしまえばいい。……って思うんだけど、アイツそれだけで済ませてもらえるのかな。いや、私の知ったことじゃないよね、うん。
まぁ、指輪は消滅させとかないとマズいので新しいのは作ったけど、これは私がはめて後で壊せばいい。正式な継承者は私か私の伴侶な訳だし、魔女の一族としての国での優位性は自分達が手放したもののせいなので諦めて欲しい。
そんなこんなでガルシア侯爵家に侵入することになった私達は、サミュエルの用意したローブを纏い、夜に魔法を使って忍び込んだ。
赤いローブとか目立たない?と思ったけど、彼いわく「君は他の何色が似合うと言うんだい?」とか本気で不思議そうに言われた。目も髪も赤なんだからそれ以外じゃないかな!まぁそんなこと言ったらサミュエル目も髪も黒なのにローブも黒で闇に完璧に溶け込んでるけど。
尚、私は鬘を被って肌を白く見せるために化粧をすることで初代赤の魔女の様な容貌となっている。一時的に身体を成長させる薬も服用しているため外見年齢が十五歳くらいになっている。見れば見るほど産みの母そっくりだし、いつか画面越しに見た悪役令嬢である。
始祖様はあの人にそっくりだったらしいけど、私ガルシア家に行ったの追放されたあの時だけなんだよね。だから館の中に飾ってあるらしい六柱の英雄の肖像画とか見たことない。サミュエルは王都にある冒険者ギルドの鑑定室に飾ってあるって言ってたので一回見に行ってみようと思う。普段は王都にいるのなら、なんでこっちに来てるんだろう。まさか私見張られていたのか?
闇に紛れる魔法を使って館を調べ、伯父がいるっぽい執務室らしき場所に当たりをつけて風魔法で窓あたりまで飛んだ。
ちなみに爺さんはその……離れで若い娼婦と一緒にいた。何をしてたかは察して欲しい。分からない人は私の代わりに清い心のままでいて。私も分からないままでいたかった。
「闇よ」と唱えると、明かりが消える。窓を風圧で無理矢理開けると、憔悴した顔の渋めのオジサマが「何者だ!?」と叫ぶ。
サミュエルが防音の魔法をかけているので私達以外には聞こえないのである!残念!
「何者だと?私の姿を見て分からないか」
心の中で「私は性悪貴族の悪役令嬢」を合言葉に冷酷な声音を作り、月明かりに照らされた場所でフードを外す。
息を飲む様な音がして、彼は崩れ落ちた。
「フィリア……」
それは紛れもない、亡き母の名だった。