16
「レ゙オ゙ノ゙ア゙ざぁ゙あ゙あ゙ん゙!」
迫ってくるノアを思わず避ければ、勢いのままずっこけた。しょうがないじゃん。細身とはいえ男が迫ってくるの単純に怖いぞ普通。
「それにしても、アマーリア。お前がこの国に帰ってくる事はなかったのに」
「レオノアと呼んで。あと……まぁ、幕引きはちゃんとしとかないとさ!」
「そうか」
エイダンとは、エデルヴァードでの件で顔合わせしてるのでした。
いや、ホントにレオノアって呼んで。
「貴族令嬢として生きる気はないのか」
「ないない。ろくな事ないし」
そう言うと、「それは……お前の場合はな」と引き攣ったような顔で言われてしまった。えっ、何?私以外の貴族令嬢幸せに生きてんの?
……それはいい事だと思うよ。私が合わなかったってだけだろうし。
「それで、どうするつもりなんだ?」
「ああ。それは……」
目線が合って頷く。そして、ルビーのついた短剣を思いっきり門へ突き刺した。
神様が言っていた城の結界の起点である、隠されたピンクサファイアを砕くと、ファニールは城へ降り立った。
「な……何をしてるんだ!?」
「災厄の獣はマリア・ハーバーを狙っている。であるならば、マリアを餌に誘き寄せて、彼等がエデルヴァードから持ち出した聖剣と神の与えた宝剣……それをもって災厄の獣、邪竜ファニールを倒す。それが、俺達の選択だ」
私がサミュエルと同行させられている理由は、私が万が一にもお人好しを発揮して異母妹を助けたりしないように、らしい。
歓喜の咆哮をあげるその竜は、意気揚々と城へにじり寄る。
「レオノア、見なくていい」
「自分がやった事の顛末はちゃんと見届けるよ」
白銀の髪とピンクの長い髪が見える。
泣き叫ぶような高い声が少しだけ耳に届いた。
竜の前に放り出されたマリアは、必死に祈りを捧げるけれど、竜は力を弱めた様子はなく……彼女は呆気なく竜に喰われた。
理由はどうあれ、彼女を犠牲にすると決めたのは私達だ。だから、飛び散る赤い血から目を逸らすべきじゃないと思った。……やっぱりキツいけれど。
彼女を喰らった竜は突如、胸を掻き毟りだす。マリアは加護が薄くなったとはいえ、その身に女神の魔力をため込んでいた。その力が竜の中で暴れているのだ。
それに、剣を突き立てるルーカス殿下とウィリアム。
「間に合ったみたいだな」
目の前に鮮やかな橙色の髪の青年が飛び降りてきた。かつてよりも生き生きとした顔をしているように見える。
と、同時にもう一人が腰を抜かしているラファエル殿下の元に降り立った。
「……ゲイリー?」
「アイツを連れて来るように殿下に言われてな。……レオノアが生きてるって言ったら即座に飛竜に飛び乗るんだもんな……」
聖剣を手に取った彼は、それを大きく振りかぶり……、
次の瞬間、災厄の獣と呼ばれた黒い竜は、黒い粒子となって天に昇っていった。
「どういう事なの!?なぜわたくしの可愛い子が死んでその他大勢が生きているというの!!?」
そして、その代わりに……桃色の髪、緑の瞳の美しい女性が天より降り立った。
あ、これもしかして女神だな?
「なぜ、も何も勝手をしすぎた女を世界に役立てる様に私が唆したというだけの事」
女神アウローラと思わしき女の前に、アストラ神が現れた。私達に会った時より神々しさが増している。
「君も、神としてよくもまぁこんなにも禁を犯したものだ」
「アストラ様、わたくしはずっと我が子たる人とあなたのためにこそ努力して参りました……!禁など……」
「人界への過度な干渉」
アストラ神が一つずつ指を立てながら彼女が破った規則を述べていく。それと同時に、金色の鎖が彼女の身体に巻き付いた。
その中には私達(特に私)に対する過度な害意なども入っていた。9ほどの規則を述べたところで、身動きの取れない彼女は縋るように神へ手を伸ばそうとしていた。
「君がどれだけ私を、自分の子と定めた数名の女子を愛していたかは知っている。だが、度を越したそれは世界を歪め、多くの人の運命を大きく捻じ曲げた。君は永い時間をかけ、その代償を払わねばならない」
厳しい声でそう言った神は手を天上に翳すと、女神は黒い門へと吸い込まれるようにして消えた。
「人の子らよ。これからは真に人が神に頼らず、己が身で生きていく時代になるだろう。心して世を治めよ」
彼も、それだけを口にして消えていった。