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前も何か言った気がするけど、ああ見えて、と言うと本当に不敬なんだけどキャロル様は第一皇女であり、魔術学園高等部三回生の首席である才媛だ。
ちょっとカイル様にワガママを言うこともあるけれど、皇族の姫君という立場から考えても最後の一線を超えるような指示は出さないし、基本的には人が良い。
その彼女がついにブチギレて婚約を破棄した。いわく、「あんな男と一緒に居ても幸せになれる訳がないわ」で、納得の頷き過ぎで首が取れるかと思った。あんな堂々と婚約者以外の女に侍る男はロクな男じゃないんだよな。私の実父を見ればわかる。
そんなこんなで原作では婚約者大好きで嫉妬のあまりに意地悪をしていた悪役令嬢予定だったキャロル様は、目の前で穏やかにお茶をしていた。
私?給仕です。
なぜか気に入ってもらえてるので、たまに任される。どうやらカイル様に拾われた後に謙虚(だと思う、実際どう思われてるかわからないけど)に職務に励んできたのが功を奏したらしい。
「スッキリしたわ……。思えば、彼を好きになろうとわたくしばかりが努力をしていたように思うの」
「そうでございましたね」
私が来て少しした頃に成った婚約だったが、普通に前から城の女官に手を出したり、文句を言えない下位貴族の御令嬢に手を出したりしていたので原作真っ青の屑だった。どこをどう考えてもキャロル様もっと良いところに嫁げるでしょ、と私が思っても仕方がない。
今回のこともあったので、ターナーは後継者から外されたらしい。文句は言ってきているらしいが、キャロル様普通に良い人なので、「お前みたいなワガママ女が嫁げるものか!」とか言ってたのは気にしなくても良い。
言われた当の本人は私が魔法で聞こえないようにしていたので不思議そうに「あの方、声が枯れてしまったのかしら?」なんて言っていたが。
隣国であるロンゴディアから追い出された私に対して最初は厳しかった彼女だけど、目的がカイル様でもこの国でもないことを理解するとこうして側に置いてくれる程度になったので、敵に回せば怖いけど味方なので安心だ。
「お前はわたくしの話をおとなしく聞き、かつ外部には決してもらさなかった。三年前からよく仕えている点も評価していますよ」
「ありがとうございます」
頭を下げると、彼女は満足そうに微笑んだ。そういえば、縁戚とはいえ貴族の一員でこれだけ働ける者は少ないらしい。いやぁ、私ほとんど貴族じゃないので……。
「それで、本題ですが」
悪いことを考えてる時はこの姉弟本当に表情が一緒だな、と心の中だけで溜息を吐いた。
皇女殿下いわく、「欲しいものがあるの」だそうで。
皇帝陛下より、婚約を破棄する代わりに何か成果を出せと言われたそうだ。そして、彼女の研究の一つ……魔を討ち、祓う剣。要するにいわゆる聖剣を創製したいと考えているらしい。「お前がいればできないということはないはずよ」と弾むような声で仰るけれど、材料がヤバいので!簡単に!言わないでくださいませ!?
カイル様のルートで隠しパラメーターであるキャロル様の好感度を最高まで上げた場合に出るイベント「聖剣作り」だけれど、この難易度はゲームでも高い。
なんでってカイル様のルートでキャロル様の好感度を上げるのがすごく難しい上に、材料集めでエグいレベリングを必要とするからだ。実質二週目以降でないとクリアできない。
「キャロル様、妖精の鱗粉と聖竜の鱗、人魚の涙の入手難易度をご存知でしょうか」
「知っているわ。だからカイルにも言ってあります。あなたの側付であるゲイリーとアマーリアをしばらく貸しなさいと」
「……それで」
「聖剣ができるのであれば構わない、とのことよ。代わりにロイドがカイルにつきます」
ロイド……魔術省で魔術師やってる魔法学の権威かつ非常勤教師で攻略対象の……。
ロイドさん、エリートなのにまた巻き込まれちゃったんですね。私達よりマシだからって我慢してるけど、「僕には人を守るとか向いてないのに……胃が、胃が痛い……」って呻いてそう。
それにしても、カイル様も直接私に言ってくれても良かったんじゃないの?
一言文句を言ってやろうかなと思いながら、カイル様のところへ戻ると、ゲイリーが良い笑顔でお説教をしていた。
……二人に責められるより分散した方がマシだと思ったのか。
助けを求めるように私を見ていたが、やっぱり腹は立つので、お説教をするゲイリーの横に飲み物を置いてやった。遠慮無く叱るといいよ。