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ロンゴディア学園。
ロンゴディア王国における王立の学園で、多くの貴族の子女と魔力を持つ極々少数の平民が通う学校である。
そして、三年後では乙女ゲームの舞台だ。
悪役令嬢のままだったら私は破滅一直線の心配をしなければならなかったけれど今の私はただの平民レオノア。破滅などお呼びでないわ!
幸いにも五歳で家を追い出された私の顔を知るものなどいない。いないけど、似た顔の男ならいる。
元母方の従兄弟、侯爵家の息子だ。
私外見は元母似だったからね。
魔力が高い為に学園では一番上のクラスになった。そこにはかつて私を追い出した義妹もいる。いるけれど、かつてと違って農作業に邪魔だからと髪はショートヘアーで、肌は日に焼け、着ているのは教会に寄付されたお下がりの制服。絶対に気づかないでしょ。寮に備わった鏡を見ても「もうここまで違ったら別人だわ」って思っちゃった。
貴族の皆様は私を卑しい平民と嘲笑っているのが分かるけれど、あまり気にしないことにして休み時間のほとんどを先生への質問等に費やし、放課後には冒険者ギルドで薬草の採取等を請け負って過ごすことにした。
貴族様は平民には興味がないので、誰かと組んで作業しろとか言われない限り、存外快適である。
ヒロインはなんか取り巻き一杯で楽しそうですね。いつもキョロキョロと誰かを探しているようだけれど、誰を探してるんだ?その取り巻きにいない第一王子か?
私がいないなら婚約者の座だって射止められたかもしれないのにうまくやらなかったのね。
「ジャクリーヌ先生、先程の授業の内容なのですが……」
教師という生き物は教えを乞う人間に対して好意を持ちやすい生き物らしい。健康なので保健医とは関わりがないが、それ以外の授業を担当してくれる先生とはほぼほぼ親睦を深めた。マナーの先生であるエマ先生なんて超絶厳しいけれど、私に合った課題を毎回出してくれるので多少はあの貴族だらけの教室にいても浮かなくなった。悪目立ちをするとろくなことがない。義妹は頻繁に公爵家のお嬢様から注意を受けている。女子受けが大層悪いらしい。
「レオノアさん、少し良いかしら?」
「はい、デイビス様」
入学して二ヶ月、それなりの努力で目立たないように必死に努力を重ねてきたけど、デイビス公爵家の御令嬢に何かしたかな。不安になりつつも応えると、彼女はうっとりするような微笑みを向けてきた。……美人だ。
「あなた、放課後に冒険者ギルドに出入りしているのですって?」
「はい、平民ですので学用品を買う資金を貯めたくて」
「そう。それは立派なのね。けれど、制服で向かうのは感心しないわ」
そういうことか、と納得する。
それは注意される。気がつかなかった私が非常に悪い。
「ここは多くの貴族が通う学園です。その学園の制服を着て冒険者ギルドでお金を稼ぐのは、学園の品位を落とします」
「申し訳ございません。そこまで考えが及んでおりませんでした。忠告を頂きありがとうございます」
教わった通りに頭を下げて謝った。身分などによって謝罪にもそれなりのマナーが必要だというのだから貴族って面倒だ。でも私、両親と弟に立派な城仕えになるって宣言してきたから頑張るよ!
頭を上げると、少し驚いた顔の公爵令嬢様がいらっしゃった。
「デイビス様?」
「ごめんなさい。わたくし、ずっと話の通じない子に注意をしてきたので素直に聞き入れてくれると思わなかったの」
「それは……大変でしたね」
誰のことかは分からな……あの子かもしれないけど、話の通じない人間と話すのはとても辛い。動物の相手をしていた方がマシだ。
思わず同情してしまうと、「では、気をつけてくださいましね」と優しく言って去っていった。あれが淑女の鑑というやつか。
一つ頷いて、着替えのために急いで寮へ向かった。薬草の採取と弱い魔物退治くらいしかできないけれど、その稼ぎは結構馬鹿にできないのである。まさにタイムイズマネー。時は金なり。
冒険者ギルドに到着すると、いつもいる優しげな風貌の少年が手を振った。目立たない茶色の髪と目は故郷の弟を思い出してちょっと安心する。お姉ちゃんは弟に会いたい。
「レノン、今日は遅かったね」
「ルース、三日ぶり!今日は着替えてきたから」
「いつも学校の制服だったもんね。怒られた?」
「ちょっとね。でも学園の品位をーって言われたら納得だし!でも正直、今言ってくれて助かった。先月とかだと着てくる服なかったもの」
タイミング測ってくれたのかもしれない。そう言うと、ルースは苦笑して「そんなに余裕ないなら貸してあげたのに」なんて言う。友達で居たいならお金の貸し借りはするべきじゃないのよ!と伝えて依頼を見に行った。前世の両親によく言われたものだ。
ルースは王都に出てきてから出会った男の子で、同い年らしい。一緒に冒険者デビューした。ちなみにもう一人、ウィルという少年も一緒だ。二人は幼馴染みらしい。らしいばかりだけど、冒険者なんてそんなもんかなって思っている。私はレオノアって普通に名乗ってるけど、二人は偽名かもしれないしね。愛称がレノンだって言ったら二人揃ってそう呼び始めた。
今日の依頼はミニゴブリン退治である。
ミニゴブリンはその名の通り、ゴブリンの小さい種族だ。大量発生したら作物とかをマルッと食い散らかしてしまうのが厄介だ。私も苦渋を舐めさせられたことがある農家の敵だ。クワでぶん殴って追い払っていた。許すまじミニゴブリン。おばあちゃんに聞いてミニゴブリン用の農薬まで作ったからな、私。
三人で依頼地に行くとたくさんのミニゴブリンがいた。相談した結果、三人で地道に剣で倒していくことになった。私は安物のボロ剣だけど、ルースとウィルはなんだかすごく良さそうな剣だ。良いとこのボンボンなんだろうなって思った。
「てやっ!」
「レノン、結構やるな!」
「二人がいない時は一人でやってるんだからそりゃね!」
倒した数はギルドカードに自動登録されるらしい。ファンタジーな世界観最高。素材はきっちり持ってきたリュックに入れるフリをして異空間収納にぶち込んだ。異空間収納は便利そうだったから、こっちに来てから必死に覚えた。結構上位魔法らしいけどそこは元侯爵令嬢。魔力量と質だけは無駄に良いのでバッチリできるようになった。
全部倒すか追い払うかしたら、寮の門限が近づいてきていたから急いで帰った。
今回の依頼でテスト期間中の冒険者稼業はお休みできそう。やったね!