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授業で習った通りにカップを持ち、明らかに普段飲むものとは香りの違う紅茶を飲む。
飲みなれない。お高い味がする。
「お菓子もぜひ食べてくださいませ、レオノア」
伯爵令嬢イザベラ・アダムスが目の前で優雅に微笑み、その隣で公爵令嬢オリビア・デイビスが明らかに冷たい眼差しを湛えて微笑みを作っていた。
いや、どうしてここにいるんだろ。私。
例えば、私が侯爵令嬢であったならここにいたって全く違和感がない。けど、私はただの平民なので心が死ぬ。
「ハーバー侯爵令嬢への対策を、という話だったはずですよ。イザベラさん」
「錬金術師に何を頼むにしても、何がどこで手に入るかよく知る冒険者の話は参考になるはずですわ。オリビア様」
碧の魔女よ。私に何をさせる気だ。
あんまり何かをやると同い年なのに保護者っぽいサミュエルに叱られるので程々にして欲しい。ついでに、ルースも割と勘がいいので何かやらかすとめっちゃ怖い。何でバレるんだ。私が嘘とか下手だって理由だけじゃない気がする。
……学園内でも見られてるのかな。まぁ、私は彼らと違って姿そんなに変えてないもんね!あの二人も色違いだけとかだったらどうしよう……気づかない自分に凹みそうだから知らないままが幸せかもしれない。
「そう。わたくしは、あの魅了からお兄様達を守りたいのです。それさえ叶えば手段は問いません」
デイビス公爵令息……。最後の攻略対象者かぁ。
この世界とよく似た感じのゲームの攻略対象は五人。
第一王子・騎士団長の息子・義弟・教育実習生の学園OB、そして最後の一人がオリビア様の兄、この国の宰相の息子ジェームズ・デイビス公爵令息だ。オリビア様自体はゲームに出なかった(多分アマーリアが凶悪かつインパクトが強すぎたから出る隙がなかった)けど、ブラコンの妹がいるっぽい記述はあった。
「アミュレットはつけていらっしゃるはずなのに……!」
公爵家となると、半端な錬金術師に頼んでいるとは思いづらい。魅了効いてないのも私の血縁かアミュレットを渡した人たちっぽいし……。
となると、1.アミュレットがどこかで取り替えられている、2.そもそも違う機能優先のアミュレットであり耐性が足りない、3.本人がガチでマリアに惚れている、あたりが原因の候補となる。
私が本気で作ろうとすると、赤い色の宝石を主軸とした方が効果が強くなる……ので、バレないように石の周囲を他の装飾で固めている。赤の魔女そういうとこ主張激しいのなんで。
イザベラはニコニコとオリビア様の愚痴と兄に関するetc.を聞き出し、私は素材関連で助言を求められた際に市場価格だとかどこのダンジョンで取れるかとかを説明する。どうやら、オリビア様は伝で手に入れた高名な錬金術師の記したレシピを見ていらした。……えー、私がそれほしい。まぁ、手に入らないもんは仕方がないです。ある程度は諦めって肝心よね。
材料にかかる費用を算出したオリビア様はイザベラに「錬金術師の手配は頼みましたよ」と告げて愛しのお兄様とやらの元へ去っていった。
なお、愛しのお兄様は最近マリアに夢中で妹を疎んでいるという噂がある。オリビア様は約束された美と穏やかな笑顔が魅力的な人だったのに最近ちょっと兄過激派な面とマリア嫌い拗らせた顔をよく見るせいで、「この国の貴族ダメじゃん?」という気持ちが強まってきた。ダメな気……しない……?
「そういうわけですので、頼みますね。レオノア」
「何が、そういうわけなのさ……」
頭を抱えると、「あら、苦悩するあなたも可愛くってよ」と彼女は恍惚とした表情を浮かべる。怖い。
サミュエルいわく、イザベラは絵にある赤の魔女の顔が非常に好みだったらしい。その……そういう意味で。そこに似た顔の私がポンと現れちゃったものだから私の顔に夢中なんだとか。綺麗なものみたいなら鏡見た方が早いよ、イザベラ。
「わたくしの知る限り、一番の力を持つ人に友人のための品を用意してもらおうとしているだけですわ」
確かに昔の赤の魔女が作ったって言われるアミュレットや精製の難しいポーションなんかは下手をすれば五十年前のモノですら現役だったりするものだけど、今の私がそれをできるかって言ったらそこまでの品はできない。
はずだ。
「だいたい、黒ばかりがあなたを独占しているなんてズルいと思いますの」
「だって、黒は確かにちょっと性格が良くないんじゃないのって思うことはあるけど、基本的には私を利用したりしようとはしないもん」
「隠しているだけかもしれなくってよ?」
「そん時は私の見る目の問題だから」
サミュエルは最初にあった時からまあまあ乱暴ではあったけど、最初からめちゃくちゃ助けてくれたので正直アレに信頼度で勝てるやつって現在いない。お父さんとお母さんとエリーは信頼度殿堂入りしてます。当然よな!