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「フィリア……」
蒼白の泣きそうな顔で亡き母の名を呼ぶ伯父。そんな顔をするくらいならば、もっと早く助けてやればよかったのだ。
溜息を吐いて、彼を見つめる。
そもそも、肉親が関わっていなければ見捨てても良かった。良心の呵責でここに来たけどちょっと後悔……あーでも小さい子が死にかけてるのはちょっと……。
「フィリア、なぁ?ガルシアとハーバーの二家で殺した娘の名を、よくもまあ口に出せたものよな」
そんで、娘を助けて欲しいと息子まで使ってコソコソと動き回るんだもんな。「始祖様……、ですか?」と怯えるように言う伯父に与えられる慈悲はあるのか。取り敢えず、始祖様だと思ってもらえたのは作戦通りでよかった。この国、割とお告げだとか幽霊だとか生まれ変わりだとか信じられているの助かる。
なんかサミュエルいわく、緑の魔女とやらもガチギレしてるらしいので乙女ゲームのヒロインも混ざってるっていうのに、ハーバー家全滅フラグが既に乱立している。いいのか、それで。
緑の魔女誰か知らないけど怒ってくれたのはありがとう。
「……それは」
まぁ、「事情次第ではコイツらももちろん助ける理由がなくなるわけだからむしろ全員殺して帰るよ」と素敵な笑顔で言ってのけた黒の魔法使いが、一族に忠誠を誓ってるとかいう人間嘘発見機みたいな人を連れて来ているので、できれば悲劇の主人公よろしく説明してほしい。
というか、じゃないとサミュエルが何するか分からないから説明してほしい。
「妹……フィリアは、曲がりなりにも色の名を持った魔女でした。それが不当な扱いを受けるだなんて、ましてや殺すなどと誰が思いましょう。……いや、こうなってしまっては言い訳だな。姪すら保護できなかったのだ、私はあの父にただ負け続けた愚か者だ」
え?何?保護してくれるつもりあったの?
視線を逸らしてサミュエルを見たら、面白くなさそうな顔で「嘘はついていない」のジェスチャーが出た。
いやしかし、実際この世界で英雄の才能を継ぐ子孫を殺すとか考えられないんだよね。主に原作的に。神のように讃えられているのだから、そう思うのも仕方がない部分はある。
……いや、血は市井に流出してるっぽいけどね。サミュエルも貴族ではないらしいし。他の家もやらかしているのかもしれない。正直に王家に報告入れて欲しい。
「それでは、フィリアやその娘が死んだ様に貴様の周囲の人間が死ぬのも……貴様の無力が原因故仕方あるまいな?」
努めて面倒そうに言う。今の私は初代様の様に振る舞えって言われているのだ。田舎娘感を出したらマズい。いや、私田舎娘なんですけどね。
悔しそうに俯く伯父だが、「それでも、これ以上は両家に好き勝手にされるつもりはございません」と言う。
「自分の家族を見殺しにしてでも、両家を潰すということか?」
「……でなければ、もっと被害を受ける娘が出ます。妻の腹の子が女児であれば、その子どもも殺されるでしょう」
懺悔するように、近い血筋の女児ばかりが事故や病気を装って殺されている事を最近知ったと言われても、私胃が痛いと頭が痛いしか言えない。狂人じゃん。
「アレを消そうとしても、どうにも策が失敗するのです」
なんでそっちで対応しないの、と思ったら失敗してた。暗殺者を送っても、毒を使ってもダメって爺さんなんて豪運なの。
……まぁ、黒のの怒り様を見るにその豪運もどうせ近々終わりだったろうけど。
「では、機会をやろう」
このままはあまりにも、みんなが救われないだろう。
そんな事が頭を過ったけれど、その気持ちには取り敢えず蓋をして、悪魔の様に微笑んで見せた。