墓石の周りの人魂4
面会時間を待って露ちゃんの病室を訪ねると、彼女は何やら本を読んでいた。
「あ、梨郷ちゃん達」
一瞬、笑顔を見せたものの、すぐに僕達の表情に気づき、眉を寄せる。
「何かあったの?」
「何か、っていうか」
梨郷が僕へ視線を向けてくる。
「人魂の正体がわかったんだ。露ちゃんにそれを話そうと思ってね。いいかな?」
「え……。は、はい」
「ちょっと。わたし、何も聞いてないけど?」
「今から話す。まあ、正体ってほどでもないけどな」
僕は露ちゃんへ視線を向けた。
「まず、露ちゃんが最初に見た人魂だけど、あれは僕が話した銅の炎色反応だったんだ」
「リンの化学反応じゃなくて?」
梨郷の問いに頷く。
「青白くも見えたみたいだけど、緑色にも見えたんだよな?」
「はい」
「ちょっと待って」
遮ったのは梨郷である。
「それって自然現象じゃないわよね? お墓に銅板とガスバーナーもあったし、一体誰が」
「あの墓地の周辺には頻繁に不審者が出るって聞いた。それに、人魂の噂も元々あったんだよな?」
露ちゃんの顔が少しだけ、曇った。
「……はい」
「人魂を作って通行人を脅かしてたのは、恐らくその不審者だったんだ。目的とかはわからないけどな」
「じゃ、じゃあ私が見たのはそれだったんですね。この火傷も人魂じゃなくてその人が」
「不審者じゃなくて、通り魔じゃない! もう警察に電話した方が」
僕は梨郷の頭に手を置いた。
「いや待て。……なあ、露ちゃんは、炎色反応の話を聞いたのはあの時が初めてだったのか?」
「えと、そう、ですね。おにーさんから聞いた後、ネットで一通り調べました」
「じゃあ、その不審者が墓場に潜んで、人魂を作って通行人を脅してたって予想がついたんだな?」
露ちゃんは無言のまま、僕達を見つめる。
「田中さん、露ちゃんのお姉さんから聞いたよ。少し前に墓場で不審者が捕まったって」
「へ? そうなの?」
梨郷は驚いたように僕と露ちゃんの顔を見ている。
「そう。通報したのは露ちゃんなんだろ?」
露ちゃんの表情があからさまに歪む。
墓地近くの民家に駆け込んで、警察に連絡させたのは露ちゃんだ。警察が来る前に逃げれば、事情を聞かれることもないだろうし。
「そうして、人魂を作ってた奴を追い払って、乗っ取ったんだ」
「どういう意味……?」
「墓地に残ってただろ? 人魂を作るための道具一式が」
竹の棒や燃えない金属の糸、そして銅板にガスバーナー。古典的だけど、釣竿の要領で人魂をふわふわ動かしていいたのだろう。
「その不審者が残して行った銅板とガスバーナーを使って、自分の足に火傷を負わせた。助けてくれた人にも人魂の光を見せるように、仕掛けたんじゃないか?」
「わ、わたしが?」
「単刀直入に言う、今回のこれは露ちゃんの自作自演だ」
「へ?」
梨郷が間抜けな声を出した。
「その右足の怪我。人魂に追いかけられて襲われたなら、ふくらはぎに火傷の跡がつくはずだ。露ちゃんの証言はおかしい」
「え、あの……。後ろから襲われたのはほんとですけど、人魂が前へ回り込んで来たんです。だから」
「僕は確認したよね? 襲ってきた人魂はどんな動きをしたかって細かく聞いたはず。その時に真っすぐ向かってきたって君は言ったはずだ」
「た、倒れたショックで忘れてて」
「そ、そうよ! あんなことがあったんだもん、忘れちゃうことくらいあるわ」
「……いいや。母親の束縛から逃れるために、学校を休むために、わざと怪我をしたんだ。人魂騒ぎを理由にして」
露ちゃんは無言だ。ここまで来たら自白してもらったほうが早い。
「お姉さんにも話すことになるけど、いいのかな?」
脅しになってしまうが、仕方ない。
予想通り露ちゃんは泣きそうな表情で顔を上げた。
「それだだけは。……そうです。おにーさんにはかなわないですね。お母さんの厳しさがもう嫌で。休みたくて。休めるなら火傷くらいどうってことないです」
「露ちゃん」
梨郷は珍しく不安そうな表情を浮かべた。
「ごめんなさい。梨郷ちゃんや、おにーさんに心配かけて。でも」
「そこまで思い詰めるほど、辛かったんだな」
「……はい。あの、だからこのことは」
「言わないよ。だから、もうこういうことをしちゃダメだ。辛いときはこいつも相談に乗るから」
僕が頭に手をやると、梨郷も力強く頷いた。
「聞く聞くっ! だから、自分の体を傷つけるなんてダメよ!」
「たまには、やりたくない、辛いって、お母さんに伝えな」
見ると、露ちゃんは静かに泣いていた。
「は、い。ごめんなさい」
僕達はそのまま、病室を後にした。
廊下へ出た僕らは同じタイミングで息を吐いた。
「まさか露ちゃんが」
本気で驚いているようだけど、あの子の不審な言動と態度はあからさまだった。
小学生、十代ですらないからな。
「そういえば、犯人がわかってたって言ってたけど、いつからわかってたの?」
少し悔しそうな顔で見上げてくる梨郷。
「足の火傷の位置だ。なんとなく想像すればおかしいと思うだろ」
「まあ、確かに……ん?」
梨郷は眉を寄せた。
「ちょっと待って、お墓にあった銅板とガスバーナーだけじゃ露ちゃんがやったっていう証拠にはならないんじゃ」
「もちろんならない。完全に推測だ。でも当たってたみたいだし良いだろ。結果的に自白したんだし」
「ちょっ……! 卑怯過ぎるでしょ!?」
「正々堂々と勝負する事柄じゃないんだよ、こういうのは」
梨郷はそのまま黙ってしまった。納得は行かないだろう。僕が露ちゃんを自白させ、適当に終わらせた、みたいに見えるからな。
「そうだ、これからはちゃんと気にしてやれよ?」
「わかってるわよ」
さすがにその後の梨郷は、言葉少なだった。
○
喫茶店『エコール』。
最近は定着しつつある、梨郷がカウンター席へ座り、甘いカフェオレを飲んでいた。
「で、なんだよ。僕に話したいことって」
「うん……。ほら、露ちゃん、自分で火傷を負ったでしょ? でもよく考えると、かなり勇気がいると思わない? 熱くなった銅板を何度も足に押し当てるなんて」
「ああ、そうだな」
聞いてるだけで痛そうだ。
「でね、露ちゃんとしてはその時はなんの躊躇いもなかったんだって。そうするようにって誰かの声が頭の中に響いて来て、そしたら何も考えられなくなったらしいのよ」
「なんだそれ……。露ちゃんは最初から病んでたってことか?」
「んなわけないでしょ? 今思うと、怖いって言ってたから」
背中がざわざわするような気がする。得体の知れない何かに、どこからか覗かれているかのような、そんな感覚。
「どう思う? 尚」
「どうもこうも、信じられないとしか」
と、その時。
喫茶店のドアが勢いよく閉まった。
「ひあっ」
梨郷がびくりと体を震わせる。
「……なんだ?」
僕も眉を寄せる。
ドアは開けておいた覚えはないし、開いた音もしなかった。でも、今聞こえたのは確かに閉まる音だった。
「な、尚、バイト何時に終わるの!?」
「ん? 後一時間くらい」
「じゃ、じゃあ待ってて上げる。ついでに家まで来なさいよ。またチョコレートあげるから」
「一人で帰るのが怖いのか?」
「怖くないっ」
涙目でぷるぷる震えながら言われても、説得力がない。
「……まぁ、いいか」
梨郷を家に送るのにも慣れた。なんてことはない。