分かれ道の先で1
時刻は七時過ぎ。
息苦しさを感じ、僕は目を開けた。窓にひかれたカーテンの隙間から朝日が射し込んでくる。ゆっくりと体を起こすと、腹の辺りに居座っていた黒い漬け物石が転がり落ちた。
「あれ?」
漬け物石もとい、黒猫のユバナ。赤津さんが預かっている猫である。
「お前、なんでこんなところに」
「にゃぁぁ~」
なんか気の抜けた鳴き方をするな。赤津さんと一緒に来たのか?
ユバナは僕の顔をじっと見つめたかと思うと、少しだけ開いていた入り口の戸から出ていった。もしかして、自分で開けて入ってきたのか? ……昨日の大浴場のこともあったし、賢いんだな。
「さて」
梨郷を起こすか。そう思って立ち上がった僕はようやく気づく、僕の布団の数十センチ離れた隣に、梨郷がうつ伏せで倒れていたのだ。
「おいっ」
寝相が悪いのか、倒れてるのか判断がつかない。少しドキドキしながら、頬を強めに叩くと、すぐに目を開けた。
やっぱり寝相が悪いほうだったか。
「あれ……。ここどこ」
「おはよう。お前なんでこっちの部屋にいるんだよ」
「……眠い」
そのままもう一度寝ようとする梨郷を強引に起こしてから洗面台で顔を洗わせ、赤津さんが朝ごはんを用意してくれている客間へと連れて行った。
赤津さんは丁度お茶を淹れてくれているところだった。梨郷の希望で朝ごはんは味噌汁とおにぎりである。僕としてはパン食がよかったんだけど。まぁ、こいつは客扱いだからな。
「二人ともおはよ。あら……なんだか眠そうね。寝られなかった?」
「んー……」
梨郷は目を擦り、
「夜中に起きちゃって。……大丈夫です」
「慣れないところだものね」
実際は地震と掃除機のせいだが。
僕と梨郷はそれぞれテーブルの前に座り、手を合わせた。
「頂きます」
梨郷は眠そうにおにぎりを食べ始めたが、赤津さん特製の味噌汁を飲んで目が覚めたらしい。
「美味しい……!」
僕は赤津さんへ視線を向けた。
「そういえば、昨日の猫なんだけど」
「ああ、ユバナちゃん? もしかして尚君のところに行ったのかしら?」
「そう。でも、すぐ出て行ったんだ」
「さっき戻ってきて、今ご飯食べてるわよ。ふふ、尚君は猫に好かれる体質なのね」
別にそうじゃないと思うけど。
ふと視線を感じた。もちろん、梨郷である。
「ねぇ、ナナってどんな猫だったの?」
悪いけど、僕から語ることはない。無視。ただ、赤津さんは違うだろう。
「血統書付きじゃないんだけど、白い虎柄の猫だったの。尚君のお父さんとお母さんは仕事で中々帰ってこない人達だから、ずっと一緒に遊んでたのよ」
「えっと……今日も帰ってきてないんですか?」
そわそわと辺りを見回す。
「ええ。多分、今日も帰ってこないと思うわ」
僕はため息をついた。
「今日どころか今年になってから会ってないしな」
あの人達、地主の癖に家を空けてる時間方が多いのだ。
「会ってない!? 何、それ。おかしいでしょ!」
「いや、他人の家庭事情なんてそれぞれだろ。うちはたまたまそうなだけだ」
「えー? でも」
と、梨郷のスマホが着信音を響かせた。どうやらメッセージアプリが更新されたようだ。
「んん?」
画面を見た梨郷の表情が明るくなる。
「……必ず迷う分かれ道!」
「ん?」
「奈々さんからの情報よ!」
秋野奈々姫からのメッセージを得意気に見せてくる。梨郷があからさまに生き生きし始めた……。
どうやら、何かの怪談話のようだ。




