墓石の周りの人魂3
病院の中にあるカフェにやって来た僕達は奥の方の席に腰を落ち着けた。テラス席と迷ったのだが、話の内容のこともあってここになったのだ。
買ってきたホットカフェラテを一口飲んだ僕は目の前の田中さんを見やる。
この店、最大サイズのカップに注がれたホットカプチーノを風呂上がりのコーラのごとくラッパ飲みしていた。
「くはっ、最高!」
仕事帰りのOLかよ。オシャレなカップがジョッキに見える……。
「控えめに言ってそういう飲み方をする飲み物じゃないと思うぞ。熱くないのか?」
「あたし、猫舌じゃないからね」
「いや、猫舌じゃない人を一緒くたにするなよ」
田中さんは顎に手をやった。
「ふむ、確かに。あたしみたいに熱湯を飲んでも平気な人って少ないのかもね」
それ、人間じゃないだろ。
「で、そろそろ話を聞いてもいいか?」
「露ちゃんの火傷の状態について、だったよね。状態として浅達性Ⅱ度熱傷? とかって言ってたかな。跡は残るかもしれないんだけど、一、二周間で痛みはひくって」
「火傷の範囲は?」
「くるぶしの上辺りから膝のちょい上辺り。そうそう、これはあんまり大きな声でいえないんだけどね」
田中さんは声をひそめた。
「ところどころ、熱した金属を肌に押し当てたような焦げ目がついてたらしくて、いじめとか虐待を疑われたの。露ちゃんが冷静に否定してたけどね」
「金属を押し当てた?」
やっぱり人魂に襲われたわけじゃなさそうだ。何か理由があって言いわけをしたのかも知れない。
「ちなみに田中さんは、人魂云々は信じてるのか?」
「んー、半々かな。でもなんか……あのね、露ちゃんは塾や習い事をやらされるのが辛かったみたいなの。あたしの頃は普通だったんだけど、露ちゃんの友達のママの影響で、中学受験てやつを目指してて」
「そうか……」
ストレスの原因はそれだな。
「人魂の目撃情報って前から結構あったのか?」
田中さんは顎に手を当てた。
「んー。時々? なんか雨の日に見た人が多いって聞いてたんだよね。あの辺は不審者も多いし。そういえば二日前にお墓の近くで不審者が捕まったって」
「不審者?」
田中さんは何度か頷いた。
「夜遅くに墓場の近くの家に女の子が飛び込んできて、お墓に変な人がいるから警察に通報してって言ったんだって。追いかけまわされたらしいよ。で、お巡りさんが知らべると、お墓でカッパを着て潜んでた若い男の人がいたんだって、その場で交番に連れて行かれたみたい」
カッパってことは雨の日だったのか。雨の日に人魂が出るなら、昨日はどうなんだ? 確か夜まで晴れてて、星が見えてたはずだ。
「露ちゃんが怪我をした時、自分で助けを呼んだのか?」
「ううん。通りかかった人が救急車を呼んでくれたの。そういえばその人もちらっと人魂を見たらしいよ。OLさんだったんだけど、青い顔で言ってた」
それはつまり。
「あとは何かある?」
田中さんの問いかけにはっとした。
「……うん。もう大丈夫そうだ。ありがとう」
雨の日の人魂、不審者、火傷の位置、そして露ちゃんを取り巻く環境。予想がついた。
「そっかそっか。じゃあ、また連絡して」
田中さんは僕にスマホを差し出してくると、にっこりと笑った。
「え」
「番号交換、だよ。なんていうかさ」
田中さんは頬に手を当てた。
「君、あたしに惚れてるっぽかったからさ」
「惚れてる? 僕が?」
見つめてはいたが、そういう理由じゃないんだけど。
「あれ、違うの!?」
「いや、可愛いとは思うけどそこまで」
「えっ」
田中さんは両頬に手を当てて、のけ反る。照れて……いるのか?
「ただ、何を食べたらあんなに元気でいられるのかなって。前に具合の悪くなった友達をお姫様抱っこで保健室まで運んでたことあっただろ」
「あー、だってあの子貧血だったんだもん」
「教材の入った段ボール箱を片手に一つづつ持って運んでたり」
「あはは。あれ、言うほど重くなかったんだよ?」
田中庵の豪快エピソードの数々は語り継がれるものも多いのだ。
それはそれとして、僕もスマホを取り出した。
「じゃあ、交換しておこう」
「おっけー」
田中さんと分かれた僕は梨郷に連絡することにした。明日、現場を見に行ってみよう。
○
翌朝、六時半。
僕と梨郷は駅西の墓場に来ていた。朝靄が立ち込め、昇ったばかりの朝日が柔らかい光を放っている。
「ふぁ……」
梨郷が眠そうにあくびをし、半分だけ開いた目をこする。
「まだ眠いなら来なくても良かっただろ」
「それじゃ意味ないじゃない」
僕は息を吐いて、墓石と墓石の間にある道へ一歩踏み出した。
花が供えてあるものもあれば、明らかに手入れがされていないものもある。僕は墓石一つ一つを注意深く見ながら進んで行く。
「ん……」
とある楕円形の墓石の上に金属? の板が置かれていた。そしてそれは、三分の一ほど溶けており、焦げたような跡が墓石に残っていた。そして墓石のそばの地面に金属製の糸と竹の棒が落ちている。
「何、これ?」
梨郷が首を傾げたので、僕はハンカチを取り出して、金属の板を摘まんでみた。
太陽にかざしてみたりしてから、
「銅だな」
答えを出す。
「銅?」
「あっ……もしかして、尚が言ってた人魂の正体!?」
化学反応で人魂を装い、道行く人を脅かしていた奴がいるってことだ。でも、露ちゃんは青白い人魂と証言していた。確か、リンの化学反応も青だったっけ? でも、銅をあぶった時の炎は緑色になるはずだ。
「よし、ちょっと探したいものがある。手伝ってくれ」
「了解! 何を探せば良いの?」
僕がその"探し物"を伝えると、梨郷はキョトンとした。
「もしかして、見たことがなかったか?」
「ある、けど」
「見つけても触るなよ」
「また子供扱いっ」
梨郷は不満そうに言って、
「じゃあ、わたしが見つけたら、なんでも言うこと聞いてよ」
「なんでもって……」
ここで文句を言っても話が進まないか。
「わかったよ。ほら、早く探せ」
「言われなくたって」
駆けて行く梨郷の背中を見送り、僕は辺りを見渡した。この墓場のどこかに、必ずあるはずだ。
「あったぁっ!」
「はやっ」
僕は思わず梨郷のほうへ視線を向けた。
「尚ーっ、ほら、早く。こっち!」
「まじか」
僕は半信半疑で梨郷へと歩み寄る。
「ほらっ」
「!」
形は殺虫剤のような筒状の缶スプレーだ。しかし、口の部分が微妙に違う。
「ガスバーナーってやつでしょ?」
「……ああ」
ガスバーナーであぶれば、銅板は溶ける。これを使ったに違いない。
「よし、じゃあ、犯人を捕まえに行くか」
「わ、わかったの!?」
「ていうか、最初からわかってる。ただの証拠集めだ」
「え……え?」
僕は梨郷の手を引いた。
「露ちゃんに会いに行く」
露ちゃんの前で、犯人を明らかにするのだ。