茅部家と大浴場の怪2
たっぷり数十秒、僕の家を見上げた梨郷は、
「尚……あんた、お金持ちのぼんぼんだったの!?」
そう言い放った。
まったく、完全に意味を理解して言ってるのか?
「そんな言葉、どこで覚えて来たんだ。うちの親が他の家より多く土地を持ってるってだけだ」
「ほへー……」
よくわからないが、ショックが大きかったみたいだ。
「行くぞ」
梨郷を連れて、閉められた門扉の脇にあるくぐり戸を通り中へ。
「あっ、あれって……かれんさすいってやつよね!?」
玄関まで続く石畳を歩きながら梨郷が指をさしたのは中庭だった。
「枯山水な。母親の趣味なんだ」
白い小石を敷き詰めて、水の流れを表現するとかなんとか。
梨郷は改めて辺りを見回し、
「……なんでバイトしてるのよ? てっきり、尚の家はすごい貧乏で生活費を稼いでるのかと」
どんなイメージだよ。
玄関の戸を開けた僕はため息を吐くしかない。
「バイトしてるのは頼まれたからだ。それ以外の理由なんてないぞ」
バイトをする理由は人それぞれだからな。
「なんで黙ってたのよ? 私のことはママやおじいちゃんのことまで知ってるのに不公平」
またリスみたいに頬を膨らませた。拗ねた様子だ。面倒くさい奴だな。
「お前が聞かないからだろ? 自分からぺらぺら喋る趣味はないんだよ」
「あんた、聞いても教えてくれなさそうじゃない!」
……そうか。完全否定はできないな。
「ていうか、さっさと入れ」
僕は梨郷の背中を押して、玄関へと押し込んだ。
「ちょっ、押さないでよっ」
玄関へ入ると、良い香りが漂ってきた。夕飯の準備してくれてるようだ。
「ただいま」
「お、お邪魔します」
靴を脱がせて、梨郷を家へ上げたところで、奥からエプロン姿の女性が出てきた。六十代後半で少しふっくらとした彼女はうちのお手伝いさん、赤津さんだ。かれこれ十年の付き合いである。
「お帰り、尚くん。あらあら、その子が言ってた今居梨郷ちゃん?」
にこにこと笑いながら問われて、梨郷は僕にしがみついた。
「お、お邪魔します。よ、よろしくお願いします」
「はいはい、よろしくね。すぐご飯用意しましょ。ハンバーグカレーにしたのよ。好き?」
梨郷はこくこくと首肯く。人見知り全開だな……。
「ご飯に旗でも立ててもらうか?」
「なっ、なんでお子様ランチ風にしようとしてるのよ!」
そんな僕達に赤津さんはクスクスと笑う。
さて、梨郷の緊張もとけたみたいだし夕飯にするか。
「さ、行きましょ」
赤津さんは僕も一緒に客間で夕食を食べさせるつもりのようだ。
「うわ……」
追いかけっこできそうな廊下に感動しているようだ。ちなみに多馬崎は非常識にも、この廊下を走り抜けたことがある。
「えっ」
廊下の丁字路、梨郷が右へ視線を向けて目を見開いた。突き当たりにあるのは長めの暖簾がかかった引き戸。暖簾にはうちの父の字で『湯』と書かれている。
「あ、あれは」
「大浴場だ。普通の大きさの風呂場もあるぞ」
「嘘でしょ!?」
嘘じゃないっての。
「ふふふ。面白いわねぇ」
赤津さんは先に行ってしまう。僕も歩き出そうとするが梨郷はかなり気にしているようだ。
振り返る。
「ほら迷子になるぞ」
「ならないわよっ。!」
梨郷は何かに反応して、大浴場の入り口を凝視して、目を見開いた。
僕から見えないけど、どうした?
「なんだよ?」
「なんでもないわよ。誰か入って行ったみたいだから」
「へえ……」
誰かって? 今日は両親は帰ってこないはずだけどな。
この時は深く考えなかったのだけど。




