喫茶エコールの忘れ物2
梨郷は可愛らしいスマホケースを縦にしたり横にしたりして、観察した後、一人納得したように頷いた。
「きっとこれね」
「……まぁ、そう、だよな」
考えて見ればあの男は、店の近くにいて、今から来ると言ってたのだから、自分のスマホは持ってるんだろうな。
彼女、または妹のスマホか?
「んー、電話には出ない方が良いわよね」
ていうか、まだ鳴ってるな。着信者は『けいちゃん♡』と表示されており、誰だかよくわからない人物だ。
「ああ、止めとけ。電話の客がすぐに来るだろ」
持ち主が分かってるんだからな。
「あっ」
梨郷が声をあげた。画面の通話表示を間違えてタップしてしまったようだ。持ちづらそうだしな。
「ど、どうしよう、尚」
「ちょっと貸せ」
ここで切ってしまうのは簡単だが、相手にいらぬ心配をかけてしまうだろう。
「もしもし」
着信者、つまりはけいちゃんとやらに呼び掛ける。
『え、誰』
案の定、不審そうにそう聞こえてきた。
「喫茶『エコール』の茅部と申します。こちらのスマホを店内で拾いまして、持ち主を探していたのですが。持ち主様のご友人でしょうか」
『喫茶店? そ、そう』
戸惑いもあったようだが、喫茶店の住所を教えると、納得してくれたようだった。けいちゃんは女性だったか。しかし、なんでハートマーク。やっぱりこのスマホはさっきの男のもので、この女性が男の彼女なのか?
「先ほど男性の方から連絡がありまして、今から取りにくるとのことです」
『そう。それ、私の彼氏なの。じゃあ、心配ないのね。ありがとう。それじゃ』
そう言って女性は通話を切った。
「何々、誰?」
「電話の男の彼女らしい」
てことはあの客の男のスマホで間違いないってことか。まぁ、デコレーションは趣味なんだろう。
「なぁんだ、事件の匂いがしたのに」
「物騒なこと言うな」
梨郷を連れてトイレを出ると、丁度入り口のドアがノックされた。
「!」
僕は走りよって鍵を開ける。
「スマホは?」
電話口で聞いた男の声だ。中々整った顔立ちで、シャツとジーンズをスマートに着こなしている。
「こちらでしょうか」
デコ盛りピンクスマホを差し出すと、
「は? んなわけねぇだろ」
あからさまに不機嫌になる。うわ、予想通り過ぎる反応が返ってきた。やっぱり違ったか。
どうでも良いけど梨郷、しがみつくのやめろ。どんだけ人見知りなんだよ。
僕は笑顔で続ける。
「失礼しました。トイレの落とし物はこれだけでしたので。直接探されますか?」
「……ああ」
男は頷いて店内へ。
トイレへ案内すると、一人で中へと入って行った。その背中を見送った僕はデコスマホを見やる。
「結局これは関係ないのか」
「もしそうなら、さっきのけいちゃんて人に連絡して、持ち主を教えてもらえば良いんじゃない?」
「そうだな。困ってるだろうし」
連絡はないし、けいちゃんの彼氏はスマホを落としたことに気づいてないのだろう。
申し訳ないとは思いつつ、スマホを操作するが、
「あ、そうか。ロックが」
電源ボタンを押してみたのだが、四桁の数字の入力を促すメッセージが表示されたのだ。
「とりあえず、適当に入れてみたら?」
「無理に決まってるだろ」
四桁の数字の組み合わせが何通りあると思ってるんだ。初期設定のままならともかく、他人が決めた数字なんてわかるわけない。
「でも、この前見たアニメではパソコンの暗証番号を推理してたわよ? 行方不明になった女の人の」
なんのアニメだ。推理ものか?
「できなくはない」
「! だったら」
梨郷が目を輝かせたが、僕はため息を吐いた。
「もう少し情報があったら、だぞ? このスマホの持ち主の顔も名前も性格もわからないんだから無理だ。今時ないとは思うけど、誕生日もわからないし」
「うー」
スマホの主を良く知ってる人が考えれば、あるいは……。まあ、現実的じゃないな。
そんな会話をしていると、
「2879」
僕達は同時に振りかえる。
「まさか、2879じゃねえよな?」
トイレから青い顔で出て来た男性がそう、問うてきた。




